緋の記憶 5
@AB
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チャクラを封印し、城に入ってから半年間。 私は、自分が脱出しやすい環境づくりに努めた。
まず第一夫人、 『美霞』〈みか〉に気に入ってもらえるように。 水望と左近が私に夢中になるように。
その甲斐あって、子をなせない体の第一夫人、美霞の一番の理解者、という立場を確立できた。
水望・左近には、体を与え虜にした。 くのいちの寝技に、虜にならない一般の男はいない。
今では二人とも、悪趣味の『木の葉イビリ』よりも、私の体に夢中だ。
左近だけには、常々“殿さえいなければ、あなたと一緒になれるのに”と言ってある。
機は熟した。 そろそろ動いてもいいだろう。
「椿・・・ そなた、左近に・・・無体を働かれたのかえ?」
「美霞様!! どこでそのような・・・」
「ワラワは昨夜、見てしまったのじゃ。 そなたが泣いておるのを・・・」
「・・・・美霞様、申し訳ございません! あたしは・・・あたしはもう、
殿と美霞様に、お子を産んでさし上げることが出来ません・・・」
私はこの声かけを待っていた。 昨日、左近との情事の後、柱の陰で泣いた。
態と美霞の目に映るように。 “殿、美霞様、お許し下さい”と、涙をこぼしながら。
美霞にとって、私はただの妾ではない。この城で一番の理解者だ。
彼女の目には『跡取りを産んでくれるはずの椿を、家臣が無理やり寝取った』と見えたはず。
「おのれ、左近! 殿にあれだけ可愛がって貰いながら、くっ!」
「美霞様、どうか、どうか殿にはご内密に・・・」
「椿! ことは水望のお家問題じゃ! 大切なそなたの体に、よくも・・・!!」
「み、美霞様、お待ち下さい! 美霞様ーっ!!」
後は、ことが自然に起こるまで・・・ただ待てばいい。
バタバタと足音が聞こえる。 美霞から左近のことを聞かされた水望が、部屋に向かったのだろう。
それは良くある筋書き。 一人の女を取りあい、殺傷事件を起こす馬鹿な男たち。
追い詰められ、切羽詰まった左近に、水望が斬り殺されるまで時間の問題だ。
水望の断末魔が聞こえて来た。 さあ、仕上げに行ってこよう。
「・・・椿? ・・・椿!!」
「左近様・・・。」
「私はとうとう、殿を殺してしまった・・・ お前の為に・・・ 一緒に逃げよう、椿!」
「・・・嬉しい! やっと一緒になれるのね? 左近様・・・」
更に大きな足音とともに、侍たちがやって来る。 美霞が一番に飛び込んできた。
彼女や侍たちは、小さく震えた私の後ろ姿を目にするはずだ。
そして左近には・・・ はっきりと私の顔が見えているはず。
嬉しさで打ち震える私の、この顔に浮かぶ満面の笑みが。
「殿の仇っ!!」
「つ・・・ば、き・・・ なぜ・・・・」
「あ・・・・・あぁ・・・私はなんて事を!!! あーーーっ!! 美霞様っ!!! 」
「椿、おちつけ、おちつくのじゃ。 よう、殿の仇をうってくれた。」
私は水望の手にあった刀で、深々と左近を貫いた。 そして家臣のひとりが、その首をはねた。
大名水望、家臣の謀反により殺害、首謀者は左近、その場で斬首。 明日、水の国のトップニュースだ。
「ずっと、ここにいても良いのじゃ、椿。 ワラワが寂しくなる・・・」
「殿と美霞様のことは忘れません。でも、 あたしにはやっぱり華野屋が合ってます。」
「・・・ワラワは子が産めぬゆえ、お家は分家に吸収されるじゃろうな・・・」
「たかが遊女にそんな大役は無理でしたね、・・・申し訳ありません。」
「責めてなどおらん・・・ そなたは、殿の仇まで取ってくれたのじゃ、礼を言うぞ、椿。」
美霞は私が華野屋へ帰ると信じている。 いつか私の死を伝え聞いたら、後悔に嘆くだろう。
2,3日後に発見されるであろう、私の身代わり死体を、華野屋の木箱に隠しておいた。
始めの作戦で使うはずだった遊女の死体だ。あの時のまま、まだ死にたてのほやほやだ。
この鮮度を保つため、木箱には私が作った、チャクラ玉をいれておいた。零下20度を保てる。
遺書には、子供を作れなかったことへの謝罪と、人を殺してしまったことへの重圧などを、書き綴った。
本当は、あの女も殺そうと思った。水望の妻でありながら、夫の本性も知らない無知な女。
子をなせない苦しみと、その為に、理解者だった女を死なせてしまった後悔のほうが、辛いだろう。
友の一人も持てず、分家の奴らにコケにされて、一生、みじめに生きるといい。
私が帰る場所は、この世にはたった一つ。木の葉の里だ。
私を待つ家族たちがいる。 わがままを通した罰を受けに、里へ帰ろう。