精霊が宿る樹 1   ABC DEF GHI J




「先生、では妻はこのまま・・・・・。」
「このまま植物状態は一生続くでしょう、お気の毒ですが。」
「そんな・・・・・。 朝はあんなに元気で・・・・ くっ・・・・。」
「ご本人の希望なので、この書類にサインを頂きたいのですが。」

突然の知らせを受けて病院に駆けつけた時、妻は既に意識不明。 脳梗塞で倒れたと聞かされた。
まるで眠っているような妻。 握った手は温かく、胸も上下に動いて、息だってしているのに。
もう目を覚まさないと告げられた。 私を待っていたのは、サインをしなければならない安楽死の書類。
脳死後の臓器移植は本人の希望なのだと。 今朝、ついほんの何時間前、一緒にご飯を食べたのに。

「臓器移植バンクに登録していた事は知っていました。 分かりました・・・・。」
「・・・・・・あの、これは医者として、今進めるべきかどうか迷うのですが・・・・・。」
「?? なんでしょう。 もしわずかな望みがあるのなら、教えて下さい、先生!」
「・・・・・・・・・輪廻〈りんね〉の光りという組織をご存知ですか?」

「輪廻の光り・・・・ それはどこに・・・・ そこへ行けば妻を助けられるのでしょうか?」
「いえ、そこは心の救済の場所です。 希望を失くされた方のカウンセリングを行う所です。」
「・・・・・・私に助けなど必要ありませんっ! 今、助けが欲しいのは妻だっっ!!」
「申し訳ありません、医者なのに、何もしてあげられない・・・・・ すみません・・・・。」

つい取りみだして、病院の先生に当たってしまったけど。 これは先生に怒っても仕方がない事だ。
誰かを責めずにはいられなかった。 この、ただ患者の希望を家族に話しただけの先生に。
希望を失った家族の為にと思い、カウンセリングの場所を教えてくれただけの、無関係の医師に。
カウンセリングが必要に見えるほどだったのか。 確かにこんな状態では妻の死を受け止められない。

「こちらこそ、取りみだしたりして。 これは、妻の、本人の希望なのに・・・・」
「・・・・実は私も半信半疑なんですが。 そこへ相談に行かれた家族の方は・・・・・」





「こんにちは。 こちらは輪廻の光りという組織の建物ですか?」
「はい。 ここは、希望を失くされたご家族の為にある、カウンセリング協会です。」
「町の病院の先生に、こちらでのカウンセリングを勧めて頂きました。」
「・・・・どうぞ。 皆さまのお心をお救いするのが、我が協会の務めです。」

妻の安楽死後、受けてみてはどうか、と勧められたカウンセリング協会。 半信半疑だと先生は言った。
ここへ相談に行った家族は皆、愛しい者の死を看取った者とは思えないほど、生き生きとするらしい。
だから、この辺りの病院のほとんどが、家族のメンタルケアには、輪廻の光りを勧めていると。
カウンセリングは、通常だと長期間に及ぶ。 だがここは、何度か訪れるだけだというのだ。

「ようこそ。 輪廻の光へ。 あなたの憤りを、まずはお聞かせ下さい。」
「私は先日、長年連れ添った妻を、安楽死という形で看取りました。 まだ信じられません。」
「ご自分の半身とも言える奥様を亡くされた。 希望を失くされて見出せないのですね?」
「希望を・・・・ どうやって見出せと? 妻はもうこの世にはいない、そうでしょう?!」

精神科医やカウンセラーなど、誰も似たり寄ったりだきっと。 そう思って、私も半信半疑で扉を叩いた。
家に居ても妻のいない淋しさを実感するだけで、どこへ行っても妻を探してしまう自分がいたから。
なのにカウンセリングどころか、いきなり希望を見出せと? 一体どういうつもりで・・・・・。




あの樹・・・・・ あんなモノが実在するなんて・・・・ 信じられない・・・・・ 本当に・・・・?
人の愛情を感じて気まぐれを起すと? その思いが強ければ強いほど。 なんて、不思議な・・・・
これは? ・・・・・え?! 私の愛情の深さを感じて・・・・ 妻の魂を呼んで来てくれたのですか?!
ここは・・・・ 聖なる生き物に祝福された場所なのですね? 分かりました口外はしません、決して。

「ここにいらっしゃる方は皆、愛する誰かを亡くされた方。 大切にしてあげて下さいね?」
「これで会話もできるのですか? うぅぅ・・・・ 有難うございます・・・・ この奇跡に感謝を。」
「さあ、これを飲んで。 あなたは奥様の死など、もう認めなくて良いのですよ?」
「これで・・・・ ああ! やはりお前がいなくては、私は駄目だよ・・・・ お帰り、うぅぅ・・・」





「あっ! こんにちは。 ・・・・・あの、お知らせして喜ばれるかは分かりませんが・・・・」
「・・・・ああ。 あの時の先生ですね? こんにちわ。」
「先日は奥様の臓器提供のおかげで、6人もの命を救う事が出来ました。 有難うございました。」
「こちらこそ。 輪廻の光りを紹介して下さって、何とお礼を申し上げてよいやら。」

「お元気そうで何よりです。 噂は本当でしたね。 自分の目で見て驚きました。」
「先生は、半信半疑で、とおっしゃっていましたからね。 私もそうでしたよ、訪ねる前は。」
「よほど腕の良い、カウンセラーが集まっている団体なのですね、よかった・・・・」
「カウンセラー? まさか。 輪廻の光りは、そんな安っぽいモノではありませんよ。」

「安っぽいって・・・ あの・・・・ カウンセリングはどういった・・・・」
「ああ、もうそろそろ行かなくては。 私はこれで失礼しますね。」
「あの、よければ、もう少し詳しくお話を・・・・・・」
「そうそう、これからも希望を失くした家族の為に、輪廻の光りを勧めてあげて下さいね、では!」

「あ、あのっ・・・・・ 行ってしまわれた・・・・・ 今のはどういう事だろう・・・・・」