精霊が宿る樹 10   @AB CDE FGH J




ただの紙人形を愛する者の魂だと思い込ませ、蛾の卵を魂と会話できる秘薬だと思い込ませた。
実体のない輪廻の光りという協会を、町中の病院の経営者にメンタルケアの権威だと思い込ませた。
セキがかけた暗示はこの三つ。 後は、生を諦めた人間が、この建物を訪れて来るのを待つだけ。

暗示が得意だと自慢げに語ったセキ。 人より優れた力を持ちながら、金に目がくらんだ馬鹿な男。
もとは腕の良い庭師として生計を立てていたはず。 暗示を利用して、楽に稼ぐ方法を思いついた。
安全かつ確実、高収入の仕事を。 奇跡を目の当たりにした者は、金を惜しまず払ってくれただろうね。

俺の足元には、凍りついた肉片が散乱している。 自称、輪廻の光りの理事長だった女のモノだ。
カオルさんがセキに変化していたから、新しく入ったばかりの俺にペラペラと本音を話してくれた。
お気に入りの蛾を繁殖飼育したい、死にたい人間を望み通りに死なせてあげれる、素敵でしょう、と。

『 ねえ、キヨウ。 その蛾、美しいと思わない? 私は一目で、この擬態触角が気に入ったの。
  どうしたら増やせるのか、色々生態を調べてみたわ。 でもこの蛾はどの本にも載ってなかった。
  庭の手入れに来た忍び崩れの男が、その蛾は使役蟲かもしれない、と言ったの。 そう、セキよ?

  セキを専属の庭師に引き抜いて、お手伝いしてもらったわ。 色々な生き物で試してみたの。
  寄生型の蟲だと聞いたから。 どれも上手く孵化しなかったけど。 それでね、考えたの。
  人間ならどうかしら、って。 でも死人や病人からは栄養をしっかりとれないでしょう?

  セキにこの辺りの病院の院長に、こう暗示をかけてもらったの。 口コミでしか診ない協会がある。
  輪廻の光りは、死にたいと思っているような人の、その心を救える、そんなカウンセリング協会。
  絶望して生きるより、幸せな幻を見て死ぬ方がいいでしょう? 次はあの蛾に生まれ変われるもの。

  ここを訪ねて来る遺族は、出来るならもう死にたい、一緒に死なせてくれ、そう思っている者達。
  本人がいらないモノなら、私がもらってもいいわよね? 孵化するまでは幸せでいられるもの。
  キヨウは忍びを志していたんでしょう? だったら分かるわよね、いらない命を処分してるだけ。 』

一見優しそうでふくよかな女性。 たかがそれだけの理由で、堅気だったセキに甘い汁を舐めさせた。
傷心してる人の生死を勝手に決めた。 カオルさんの言った通り、彼女こそ諸悪の根源だったんだ。
輪廻の光りは詐欺団体だ、と噂を広めれば癒着はなくなる。 でも寄生された人は助けられない。

いらない命など、この世にある訳がない。 でも大きく道を間違えてしまう人間はたくさんいる。
悪性腫瘍と同じだ。 腫瘍を取り除けば命は助かるけど、放置すれば体中に転移して死んでしまう。
医者が人の体を治療するなら、俺達忍びは火の国を治療する医者だ。 中でも暗部は腕の良い執刀医。

今俺が泣いてるのは、蛾の生きた繭となっている遺族の為を思って、じゃない。 知っていたけど。
暗部はそういう部隊だ、って知っていたけど。 ウチのふたりもそうだ、決して折れない精神力。
いつもいつもこうやって、誰かに死を与えに行かなければならないのか、そう思ったら涙が溢れた。
俺、カカシさんやテンゾウさんと出会えて、暗部の隊員と親しくなれて、本当に幸せだ・・・・。



「イルカちゃん、誰の為の涙なの、帰ったらお仕置きだよ?」
「うぅ・・・・ う゛ぐっ?! ・・・・・むぅ・・・・。」
「オレ達の前で他の男の為に泣くなんてサ、許さないからネ?」
「・・・・・・俺、おふたりを・・・ 誇りに思いますっ!!」

だってそうだろ? あの時一緒に任務に就かなかったら、一生出会えなかったかもしれない。
おふたりが、俺のチャクラに癒されてくれなかったら、世話人制度の話は出なかった。 重婚だって。
縁は異なもの味なもの、っていうけど本当だ。 そんな、ちょっとした出来事が、俺達を変えた。
あの忍び崩れの男、セキも。 あんな女と出会わなかったら、もっと違う人生を送っていたはずだ。

「・・・・イルカ、それは誘ってるの?? イルカにしては頑張ってるけど・・・・」
「今すぐして欲しい、と言う事ですか?? どうします先輩? 任務中だし・・・・」
「な、なんでそうなるんですかっ! もうっっ!!」
「「・・・・・え? 違うの!?」」

今、暗部の強靭な精神力に感服して、猛烈に感激していたのにっ! 何考えてんだっ、エロ兄弟!
せっかくの感動の場面が台無しじゃないか! でも・・・・ こんな性欲旺盛な男達でも・・・・。
俺にとって何より大切な家族。 ふたりがいない生活なんて、もう俺には考えられなくなった。
いっつもいっつも、泣いたってイヤラシイ事ばっかりするけど。 けど、二人とも里を代表する忍び。

「・・・・・では残りの人達はお願いしますね。」
「あ、待って、イルカちゃん!」
「イルカ、どこ行くの?!」
「俺は蛾の始末ですっ! 任務を終わらせるんですよっ!」

「イルカ〜 帰ったらいっぱいしよーネv」
「イルカちゃん もう一回お誘いしてね〜v」
「・・・・・・馬鹿っ! 性欲暗部っ! 早く始末に行けっっ!!」

この・・・・・ 大好きだ、ドエロ兄弟めっ! エロでもなんでも、道を間違えない彼らを誇りに思う。
じっちゃん、俺の旦那さん達、凄い人達だね? ちょっとぐらい変態でも、それぐらい許せるよね?



依頼人用に報告書を作成すると言ったのは、カオルさんじゃ、そのままを書きそうだったから。
もしそのままを伝えたらあの医師は。 自分が勧めたせいで遺族が死んだと、自分を責めるだろう。
知らなかったとはいえ、肉食蛾の繁殖の為に手を貸した。 一生自身を許せなくなる要因だ。

協会は眉つばものの詐欺団体、木の葉の忍びが全て粛清しておきました。 そう報告するだけでいい。
カオルさんが暗殺する遺族達の事も、信じていた協会に裏切られた被害者が自分で首を吊っただけ、と。
大事になる前に不審に思ってくれたから、被害者が少なくて済んだ、お手柄ですよ、そう言ってあげる。

あの真面目そうなお医者さんは、こんな話の詳細は知らなくていい。 カオルさんが覚えてないって事も。
少しタイミングがずれていたら、あの列車も人も凍らせ過ぎて砕けていたかもしれない、けど偶然でも何でも。
あの医師の中ではこれからもずっと、カオルさんは大勢の人命を救った木の葉の暗部だ。 それでいいよね?