死人〈しびと〉探し 1   ABC DEF GHI JK




《みと屋》は、火の国の染物屋。 門外不出の技法で黒を染めつける。 光沢のある独特の上品な黒色。
店頭には布製品が多いが、どんなモノにも合う黒色の染料は、あらゆる製品に使われ引く手あまた。
塗料として“みとの黒”の使われている家具や漆器の人気は急上昇だ。 旦那様の成功は華々しい。
最近では、黒を染めさせたらみと屋の右に出る者はいない、と言われるまでになっている。

「モキチも馬鹿な事したよね、家に病気のおっかあと、妹達がいたのに。」
「・・・まだ小さいが、あの子達は身売りするしかない、可哀想に。」
「たったひとつの約束を守れない・・・・ 身から出た錆、か。」
「言いつけさえ守っていれば、こんな恵まれた職場は他にないのに。」

この店の蔵には、絶対近づくなと言われている。 おれも奉公に来た時、旦那様から最初に言われた。
お給金をもらっているのだから、この店の奉公人は、旦那様の言いつけを守って、蔵には絶対近付かない。
なぜ約束ごとを守れないのだろう。 昨日も奉公人が一人、夜中にこっそり蔵を覗きに行ってそれっきり。

「・・・・ふぅ、これで何人目かな・・・・。」
「どうしてたったコレだけの事が守れないんだろう・・・・。」
「・・・・次の新人はそうじゃなきゃ良いけどね。」

旦那様は気前が良いし、休みだって希望すれば何日でもくれる。 こんな働き口はそうそうあるもんじゃない。
いなくなったモキチと同じように、おれにも妹達がいるから、一生懸命働いて家族の元に仕送りしている。
おれに何かあったら家族が飢えるから、家族の為。 それに奉公人が旦那様の言いつけを守るのは当然だ。
ひょっとしたら、染料の秘密を探れと言われて来てる、奉公人を装った他店のまわし者かもしれない。

「本当にお前達は、よく出来た奉公人だ。 私は鼻が高いよ?」
「「ありがとうございます、旦那様。」」

「さあ、井戸端会議はお終い。 お店を開けるから、しっかりと働いておくれ。」
「「はい、旦那様!」」

旦那様は、こうやって言いつけを守っているだけで、褒めてくれる。 そうするとやる気が起こるものだ。
誰かが蔵を覗きに行って戻ってこなくなると、次の日には店頭に必ず、店員募集の張り紙が出される。
仕事とは仕える事。 此処で働くと決めたからには、出過ぎた真似をせず、旦那様の言いつけを守る。
おれ達は新しい奉公人が来ると、必ずその話を聞かせる。 たった一つだけの決まりごとを。

『みと屋には絶対守らなきゃならない決まりがある。 あの蔵に入ってはいけない。 覗くのも。』

みとの黒の作り方の技法が、あの蔵の中にあるのだとしても。 そんな事、ただの奉公人が知る必要はない。
でも、駄目だと言われたらやりたくなる、見るなと言われたら見たくなる。 人の心理とはそういうモノ。
おれ達がせっかく忠告をしても、いつもその忠告は無駄になる。 もって一ヶ月、早くて二日。
新しく来た奉公人はその誘惑に逆らえず、あの蔵に近付きその結果、家族が路頭に迷う事になる。

「御免下さい、あの・・・・ 表の張り紙を見たんですが。」
「はい、少しお待ち下さい。    ・・・・・お待たせしました、どうぞ奥へ。」
「天下のみと屋さんなのに、ご本人が会って下さるんですか? わぁ、感激だなぁ。」
「くすくす。 ウチの旦那様はそこらの成金とは違いますよ。」

彼に言った通り、一代でここまで店を大きくした旦那様は、儲かってるからとふんぞり返ったりしない。
モキチの代わりの人員補充。 さっき旦那様が張り出した募集の紙を見て、もう尋ねてくれた人がいる。
こういう時、やっぱり名の通ったお店は違う、とつくづく思う。 すぐに欠員が埋まるから凄い。
モキチはきっと戻ってこない。 今までもそうだったから。 好奇心は猫をも殺す、そういう事だ。

「今の彼、モキチの後に入りそうな人?」
「多分。 なかなか素直で感じ良かった。 明るくて良いんじゃないか?」
「でも傷モノだったよ? まあ見た感じ、強面じゃなく愛嬌があったけどね。」
「あら顔で接客する訳じゃないんだから。 誠意が態度にこもってればいいのよ。」

本当に。 一緒に働く仲間が馬鹿をする度がっかりする。 みと屋で働くコトのどこが不満なのかと。
ちゃんと忠告までしているのに。 たった一度の“出来心”は、家族の命さえ顧みないモノなのか。
聞いてみたいが聞くスベはない。 もう戻ってはこないから。 さっきの彼は、いつまでもつかな・・・・