毒を喰らう 1
ABC
DEF
GHI
JK
「どうか・・・・ どうか、このままお連れ下さい!」
「下働きでも何でも致します! 香月〈こうづき〉様のもとへ!!」
「それは駄目だ。 お前達がこのまま帰らなかったら、親はどう思う? そんな心配はさせてはならん。」
僕達兄弟を、極悪非道な山賊から助けてくれたのは、偶然にも隣町から狩りに来ていた、香月様だった。
僕らの国 鉄の国で、香月様を知らない者はいない。 大将ミフネ様の後継者として最有力視されている。
一騎当千はもちろんのこと、文武両道、侍の中の侍。 おまけに玉の輿合戦が起こるほど、容姿端麗。
英雄色を好む、とはよく言ったもので、香月様の周りでは、その手のお話にこと欠かないとか。
「・・・・では、親に訳を話してお城を訪ねます。 それならかまいませんか?」
「両親もそうしろと、送り出してくれるでしょう。 ご恩返しをして来いと。」
「ははは、なかなか頑固だな。 後に気が変わらねば、我が城を訪ねるがいい。 だが、私は厳しいぞ?」
「「はい!!」」
鉄の国は、大陸の中で唯一、お抱えの忍びの隠れ里を持たない、中立の立場を確立している侍の国。
だから、忍びの隠れ里からの抜け忍は、この国に集まって来る。 来るもの拒まず、去るもの追わず。
忍びの里の“影”と言われる立場の人が、この国で言うところの“大将”だ。 ミフネ様がそれに当たる。
そんなミフネ様に義理を感じ、定住する抜け忍も少なくない。 香月様と一緒にいた男も、元忍びだ。
香月様が刀を振るう、その男は忍術(?)を使い、ふたりは山賊どもを、次々と片づけていった。
始めて見る忍術にもビックリしたけど、香月様の剣技は圧巻だった。 踊りを舞っているような動き。
周りには、たくさん死体の山が出来ていくのに、僕達兄弟ふたりともが、それすらも忘れて見とれた。
「香月様に命を助けてもらうなんて、ああ、なんて幸運! お前達、お礼はちゃんと言ったのかい?」
「もちろん! だけど、それだけじゃなくて僕達、香月様のお城へ行って、ご恩返しがしたい。」
「そうか・・・。 お前達もこの国の子、真の侍をみて、感銘を受けたんだな?」
「うん!! 香月様の剣技は凄かった! 人を斬ってるのに、綺麗だったんだ!!」
「よし、立派にお勤めをして来るんだぞ? 香月様のお役に立って来い!」
「どんなにつらくても頑張るんだよ? お前達の命は、あの方に救って頂いたんだから。」
「うん! もちろんだよ!!」
「ありがとう、父さん、母さん!!」
そして翌日僕達は、香月様のお城の門を叩いた。 何でもやります、働かせて下さい、と。
香月様は僕達を歓迎してくれた。 与えられた仕事は、香月様専用のお風呂場担当の清掃係。
今日からここが僕達の家だ。 一生懸命働いて、香月様が使うこの場所を、いつもピカピカにする。
弟と僕は、香月様の疲れを癒す、そんなくつろげる場所にするんだ、と誓い合った。
仕事にも慣れ、香月様から“一日の疲れが吹き飛ぶよ”と言ってもらえた時は、すごく感激した。
「えへへ、褒めてもらっちゃったね、兄ちゃん。」
「うん。 明日も頑張ってピカピカにしよう!」
「あ!! ぼく昼間、洗剤しまい忘れた・・・ 浴槽の横に出したままだ!!」
「バカッ! 何やってるんだ、僕達の仕事は完璧なはずだろ?!」
「うぅ・・・ 物を出しっぱなしにして、みっともないよね・・・。」
「せっかく褒めてもらったのに、明日は “だらしないぞ” って、注意される・・・。」
「・・・・ダメもとで、取りに行ってみる?」
「・・・・だね。 あの明かりは、夕方の自動点灯照明がついただけかもしれないし。」
そう言い聞かせて、しまい忘れた洗剤を取りに、僕達は風呂場へ向かった。 ・・・中から音が聞こえる。
扉を前に、遅かったかとうなだれた時、いきなり扉が開き、あの時の忍びが出て来た。
てっきり香月様だと思っていたから、すごく驚いた。 だってここは香月様専用の浴室のはず。
どうしてこの方が? 調べに来たとかじゃなく、明らかに使用していた感じだ・・・。
例え香月様のお許しがあっても、城主より先に使用するなんて・・・・ 一緒に入ってた、とか??
「はい、これだろ?」
「あ!! バスペカ!! そ、そうです・・・ ありがとうございます・・・。」
「大丈夫。 あの方はこれから来られるから、まだ見つかってはいないよ? くすくす。」
「・・・・あ、あの・・・・ 香月様には・・・・。」
「俺はこれから、殿のお背中をお流しするんだけど、先に湯船につかったことは内緒だよ? ふふ。」
「!! も、もちろんです!! こ、このことは、三人だけの、ひ、秘密にします。」
「そうしてくれると嬉しいな。 さ、もう行った方がいい。」
「は、はい! あの・・・・・ コヒル様、ありがとうございました!!」
僕達が負い目を感じないように、わざと自分のことを持ち出した、コヒル様。 スゴク気配りの出来る人だ。
コヒル様は香月様と、いつも一緒にいる。 きっとこの城で、香月様の一番の信頼を得てるんだろう。
“背中を流す”なんて、信用する人にしかさせない。 侍が背中を預けるというコトはそう言うコトだ。
でも・・・・ 違う意味でもう一つ驚いた。 いつものコヒル様は、やや長い髪を首の後ろで束ねている。
さっきのコヒル様は、髪が下ろされていた。 濡れた髪が、顔や肩にはりついてて、すごく・・・・。
とにかく、いつもと違う容姿のコヒル様に、失態したのに優しく微笑まれて、僕達はヘンにドキドキした。
大人の色気って、ああいうのを言うのかなぁ、コヒル様は陰間なのかも・・・ と思ってしまった。
男色はこの国ではポピュラーだ。 陰間として召抱えられる者たちも、側室同様に、競争率が高い。
あ、でも、コヒル様は元忍びだ、陰間のはずはない。 まあ、僕達には縁のない世界なんだけど。