あしらうは毒花 1   ABC DEF GHI JKL




今日は火の国の大名、大津〈おおつ〉様のお城に呼ばれた。 うちの呉服問屋は各国の要人ご用達だ。
希少な為、年に数度しか仕入れられない糸がある。 その糸で織った反物も2〜3、持って来た。
そこらにある反物とは訳が違う、当然その値も破格だが。 見る目を持っている方は分かるものだ。
さてさて今日も、大津家の夢美〈ゆめみ〉様は、この中のどれがその反物かご判断つくだろうか。

「凄い、この滑らかな肌触り! 他のと全然違うわ。 どうしょう、迷っちゃう・・・・。」
「さすがは火の国屈指の大名家のご息女 夢美様。 この反物の価値をお分かりでいらっしゃる。」
「いつも感心するわ、期待を裏切らないもの。 ・・・・これにする。 色内掛を仕立ててくれる?」
「お気に入り下さりありがとうございます、この呉服問屋 鏡屋にぜひともお任せ下さい。」

火の国に出入りをして4年。 この国での顧客も増えた。 私は鏡屋から火の国担当を任されている。
この国には、みと屋という有名な染物屋がある。 だがあそこのウリは黒。 呉服は黒だけでは駄目だ。
余所と同じ事をしていたのでは、商売は上手くいかない。 鏡屋は黒以外の色彩を手掛けて来た。
色とりどりの糸で織った反物。 思いのままに仕立てる呉服職人。 うちはそのどれをとっても一流だ。

「あ、ちょっと待ってね? 私の知人に、もう一着、着物を仕立てて欲しいの。」
「ご紹介ですね? 夢美様のご紹介なら大歓迎です、なんなりとお申しつけ下さい。」
「うふふ、吃驚しないでね、内緒よ?    羽多宵〈うたよい〉! 入ってきて!」
「・・・・・これは・・・・。 それにしても・・・・ なんて・・・・。」

夢美様は数ある大名家のなかでも、大のお着物好き。 しかもその眼力たるや玄人はだしだ。
あの糸で織った反物を、必ずお選びになる。 こういう方は商人にとって、敬服に値する方だ。
その夢美様が知人を紹介してくれるというではないか。 願ったり叶ったりの声かけに気分も高揚する。
が、なんと陰間だった。 ・・・・・いや、ただの陰間ではなさそうだ、なんともいえない気品がある。

「こんにちは。 夢美様に我儘を聞いて頂きました。 見てもいいですか?」
「・・・・・ゴクリ・・・・。 ど、どうぞ・・・・。」
「噂には聞いていましたが、見れば見るほど素晴らしい反物ですね。」
「お褒めに預かり・・・ 光栄です・・・・ どうぞ、ごゆるりと。」

商売柄、たくさんの陰間を見て来たが・・・・ なんだろう。 すごく清楚な感じがする陰間だ。
着ている着物はみとの黒。 あれはそうだ、みと屋の黒だ。 耳の横で一つに束ねている髪と同じ。
おくれ毛を反対の耳にかき上げる仕草に、つい見入ってしまった。 陰間には興味がないワタシでも。
首を傾けると着物の襟からうなじが覗く。 綺麗な首のラインも、なぞるように見てしまった。

「ふふふ、羽多宵はね、兄様の情人だったの。 でも、ほら。 兄様は一ヶ月前・・・・。」
「そうでしたね、ご冥福を心より申し上げます。 そうでしたか、若の御寵愛を。」
「羽多宵は兄さまが仕立てた黒しか着なかったの。 あ、気を悪くしないでね?」
「お気遣いありがとうございます。 みと屋さんですね? あそこの黒には、太刀打出来ませんから。」

よほど愛し愛されていたに違いない。 若は生まれつき心臓が弱く、あそこまで生きたのが奇跡だ。
想像できる。 きっと、自分の分まで生きてくれと、心優しい若はあの陰間にそう、遺言したんだろう。
そうか。 この情人だった陰間は、新しい着物を仕立てることで、若との思い出に幕をおろそうと。
ほぅ・・・・。 陰間にもこんな情の深い者がいるとは。 思わずため息がこぼれる。

「ふふ、さすが鏡屋ね。 やっと・・・・ 黒はもう卒業しなきゃって、言ってくれて。」
「若の死を受け入れた、ということなのですね。 なんと情の深い・・・・。」
「羽多宵には本当に感謝をしているの。 私になにか出来るなら、協力してあげたい。」
「・・・・・夢美様は、ご立派ですね。 きっと亡き若が一番お喜びでしょう。」

あまりこちらから故人の事をホイホイ聞かない方がいい。 聞き役に徹するのがご用達の商人というもの。
身分のある方は、話しても差し障りない内容とそうでない内容、話す相手を選別されているのだから。
夢美様は、色々聞かせて下さった。 この方は心から、あの陰間に感謝されているのだろう。
死を宣告されてからの二カ月間。 そう死ぬまでの間、若は今までで一番幸せな時間を過ごせたらしい。

最期の言葉が、“ありがとう” だったと。 人間死ぬ間際に、他人に感謝の言葉など言えはしない。
そのことからも、やはりこの陰間 羽多宵と呼ばれている男が、いかに寵愛を受けていたか分かった。
なんとも不思議な感じの陰間だ。 この城にいて浮かない。 身分のある方々と同じ気を纏っている。

若の死後一ヶ月・・・・ という事は、羽多宵は三ヶ月間、この城に囲われていたという事だ。
その前は、きっと誰か要人に囲われていたのだろう。 陰間らしからぬ、凛とした雰囲気が物語っている。
こういう者を側に置きたがる要人は、かなり多いと思う。 上質の糸と同じで、二つとないモノだから。
顔の真ん中を横切る真っ直ぐの傷。 そういう誰かが所有を主張した為、出来た傷なのかもしれない。

「みごとな朱色・・・・ 夢美様、これで金の曼珠沙華を刺繍して頂いてよろしいですか?」
「まあ、それ私が迷った物よ? でも色が濃いかな、って止めたの。 羽多宵なら似合うわ!」
「・・・・・本当にお似合いです。 しかも金糸の刺繍をお望みとは。」
「ふふふ、羽多宵はね、必ず襟のところに刺繍を入れてもらうのよ。 ね?」
「俺が娼夫である事を忘れない様に、必ず花をあしらうのです。」

なんとも驚きだ。 この羽多宵は、陰間である事に誇りがあるのか! やがて散ると覚悟をしている。
それに反物を見る目も。 夢美様なら頷けるが、まさか陰間に織物の善し悪しが分かるなどと・・・・。
夢美様が始め、吃驚しないでね、と前置きした事を別の意味で思い知らされた。 二つとないもの。
これは・・・・ 女でなくて良かったと思うべきか。 傾国のなんたらだ。 この羽多宵は、まさに。