あしらうは毒花 8
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オレ達はイルカが読みとった情報を全部知っているワケじゃない。 要約された式からの情報だ。
イルカは村長から直接記憶を見て、経緯を全て知った。 村人の心理の移り変わりも、全て。
一度贅沢に慣れた人間に、もう一度貧しい生活に戻れと言っても、それは無理な話だよネ・・・・
今オレ達は、この村の蚕飼育工場にいる。 ここで飼育されているのは見たコトもない新種の蚕。
「桑の木も根付かない、岩だらけの土地。 それなのに蚕がたくさんいる、おかしな話ですよね。」
「・・・・・動物も昆虫も、極限状態なら生存本能だけがむき出しになるヨ、不思議じゃない。」
「そうですね。 それしか食べる物がなければ・・・・ こういう進化を遂げるんでしょうね。」
「ボク、こんな真っ黒で大きい蚕・・・・・ 初めて見ました。 これが最初で最後ですが。」
新種だが全滅させる。 生存本能に突き動かされ、生き延びる為に進化しただろう、黒蚕を。
この蚕の作った繭から、あの生糸が出来るんだネ。 村人は元より、塵一つ、何も残さない。
山岳地に住む抜け忍に屈せず、土地代を拒み滅ぼされた蚕村。 木の葉が弔いの討伐依頼を受けた。
ふたつとない上質の糸を惜しみ、火の国のさる大名家の姫、たっての依頼だと、そういうコトにして。
貧しい村をなんとかしようと蚕を飼い始めたのが村長の父親。 田畑があまり多くない土地だから。
通常桑の葉を食べて育つ蚕。 桑の木は丈夫で育ちが早く、少ないながらもこの土地で根を張った。
村人皆が大切に育てた蚕。 茹でる時は感謝の気持ちから、とれた桑の実を全て奉納したそうだ。
ケド、元々少なかった桑の木は、第三次忍界大戦の時に全て焼き払われた、この国の事情で。
織の国は中立国。 第三次忍界大戦に参加はしていないが、忍び達の進軍の邪魔は出来なかった。
こんな小さな国が、忍び五大国の戦いに何を言えるはずもない。 協力しなければ国が滅ぶからネ。
加勢もせず邪魔も出来ない中立国は、進軍ルート付近の山岳地の木々を焼き、道幅を広げただけ。
「全ては・・・・ 不幸な出来事の偶然の積み重ねだったんです。 でも・・・・」
「ウン。 貧しくても、蚕が死んじゃっても、もう一度桑を植えて頑張れば良かったんだヨ。」
「本当に。 もしかしたら今頃は、丁寧な作りの希少価値のある糸として有名になったかも。」
「・・・・・極限状態の蚕達は、死肉を食べた。 それで全てが狂っていったんです・・・・。」
桑の木を焼かれ餌がなくなった蚕は、糸をはかずに次々と死んでゆく。 そしてそれは起こった。
一人の死期の近い老人が蚕と共に逝くコトを決意する。 自分は死を待つだけの身、ならば。
今まで蚕のおかげで、少ないながらも村人が飢えるコトなどなかった、だから最期は一緒に、と。
やがて村人が目にしたのは、老人だった白骨と、その老人と一緒に死滅するはずだった蚕の繭玉。
「繁殖用に孵化させる繭から出てきたのは、ひとまわり大きい新種、黒色の蚕・・・・・。」
「そしてこの蚕は見事な糸をはいて、繭を作ったんだネ?」
「糸を紡ぐ段階で・・・・ 手触りが違うと、皆が気付きました。」
「それで蚕に人を与え始めた、と言う事ですか。」
始めは打ち捨てられたそこらの死体を拾ってきて、蚕に与えていたらしい。 でも忍界大戦が終結。
ゴロゴロあった死体はなくなり、自分達で調達する様になった。 織の国は土葬、墓を掘り起こして。
山を下り墓を掘って死体を村まで運ぶのは重労働だ、そのうち病人を引き受けるコトをし始めた。
もっと楽に餌を調達しようと。 あの老人の様に、死期の近い病人を村に招き入れるコトにしたらしい。
物資の乏しい大戦の後だ、死ぬと分かっている病人を長く養うコトは、家族にとって苦しいのが現実。
口減らしの為にまだ健康な老人が山に捨てられ、産んだばかりの赤ん坊が川に流される、そんな時代。
もしそんな中、誰かが引きとって面倒を見てくれるなら、こんな渡りに船な話はなかっただろうネ。
生餌を与えられた黒蚕達は、もっと上質の糸で繭を作るようになった。 新鮮で十分な養分のおかげで。
そしてこの人里離れた村は、こんな場所にありながら、皆が飢えるコトのない生活を確立していく。
父親が死んで、自分が村長となったあの男は、更に上質の糸を作り出そうと考え、研究を重ねた。
なんのコトはない、養分にする人間を色々試しただけだ。 そしてついに究極の糸を作り出した。
「男・女・子供・大人、ありとあらゆる年代の人間を餌として与え、ある仮説を立てました。」
「・・・・・・・品位、ダネ?」
「そうです、人は人でも、身分のある者の品位は、糸に現れるのではないかと。」
「そして抜け忍に出会ったのか。」
その頃にはもう鏡屋は、村と独占契約を結んでいた。 あり得ないほどの価値だと、糸に陶酔して。
大陸の国々に店を構える鏡屋は、この上質の糸を紡ぐ蚕村を、なんとしても独占しておきたい。
それこそあり得ないほどの投資額と、買い取り額を提示した。 そして・・・・全ての駒がそろった。
大名家の者を拉致出来る腕の立つ忍び、それを雇ってもあまりある富、自らの仮説を立証したい男。
良い物を作るには、手間を惜しんではならない。 良い餌を家畜に与えれば、美味い肉が出来る。
それを実践したんだネ。 で、見事に証明してみせた。 誰もを唸らせる究極の糸を作り出したんだ。
この村は小さく村人も少数。 だが、決して貧しくはない。 周辺の集落と比べれば一目瞭然だ。
村人も薄々気づいてはいたんだろう、何が餌なのか。 ケド今さら貧しさに耐えられるワケがない。
イルカが覗いた村長の記憶の中、ある村人が言った言葉がある。 なんとも歪んだ正論だった。
『お偉い様は日々努力もせず、城の中で安寧としてる。 子もたくさんいるから平気だろう。』
なにが平気なのか。 努力をせず城の中にいる? なんて馬鹿な村人達だ、己のコトは棚にあげて。