あしらうは毒花 11
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初めて現場に出る時、ユキジ先生が着物を仕立ててくれた。 今はもう丈が短くて着れないけど。
まだ桐箪笥の一番下の引き出しにしまってある。 襟に紫陽花の刺繍を入れた、紺色の着物。
“これは見せるだけでは駄目、食べさせなくちゃ” そう言って紫陽花を襟にあしらってくれた。
見ているだけなら害の無い花、でも食べてしまったら、時には死に至らしめるような毒があるとか。
房術を会得した潜入員は皆、毒花をあしらった着物を仕立てる。 俺はあれ以来ずっと、襟に。
一人前の房術使いになった証が、その着物と隠し彫り。 俺の刺青は、この左鎖骨の下の弓張月。
記憶を覗くと出る赤い弓張月。 ふたりはその隠し彫りが浮き出ると、必ず嬉しそうな顔をするんだ。
忍びでなくても、人は皆嫌なはず。 勝手に自分の記憶を覗かれるなんて。 なのに・・・・・。
“ココに今、オレが入った” “この中にボクがいる” そう言いながら、嬉しそうにキスをする。
怖くないんですか? だって俺は、ふたりの過去を全部知っている。 俺がもし敵に捕まれば・・・・。
俺の中のふたりに関する事が知られてしまう、精神的に揺さぶるネタを与えてしまう事になるんだ。
俺は・・・・ 俺はもの凄く怖かった。 潜入中もその事が頭から離れない、捕まったら、って。
任務よりも、ふたりに関する情報を守る事に重きを置いている。 情報搾取道具としては終わりだ。
何が何でも失敗は出来ない、俺はふたりの為に絶対生き残らなくちゃ。 そう思ってハッとした。
俺は、里に情報提供をする為に生き残ってるんじゃなくて、ふたりの為に生き残ってるのか。
なら、もしふたりが、いや、ふたりのうちどちらかがいなくなったら? 俺の生きてる意味がない。
ふたりの情報を洩らすぐらいなら、狂ってしまった方がいい。 頭の中の何もかもの記憶を壊そう。
心が引き裂かれそうだった。 俺も帰ってくるから、必ず帰ってきて、無理は絶対しないでほしいと。
けどふたりは言った。 守るから、って。 そうか、そうだよ、俺の武器はなんだ? 房術じゃないか。
間接的に情報搾取が出来る。 今回も手配書の忍びと接触した一般人から、情報を搾取したんだから。
余裕で奇襲が成功した、って褒めてもらったじゃないか。 俺だってふたりを守れるんだ、そうだよ。
廓に籠ってしまえばいい。 一般人相手なら捕まる事もない、暗部の長ふたりを手助け出来るんだ。
里も、毒が抜けた花を現場に出すより、廓にあって、毒を持ち続ける花の方がいいに決まってる。
一般人相手に情報搾取し続ければ、今回の様に思わぬ情報が思わぬところから搾取出来る可能性が。
切り替えができない毒なしの房術使いでも、毒花のままで役に立てるじゃないか、花街でなら。
凄くいい思いつきだったのに。 またもふたりは言った。 俺が・・・ 毒のない花でもいいと。
シンも羽多宵も・・・・ いらないという事? ふたりは俺が房術使いだから欲しかったんじゃ?!
羽多宵に・・・・ 惚れたんでしょう? 俺の毒花に。 房術使いじゃない俺が・・・・ いいの?
房術は俺の一部、俺から羽多宵とシンをとったら何も残らない! もうどうしていいか分からないよ。
『 いいイルカ、生き残りなさい。 生き残り続ける事が出来たら、その先に本当の幸せがある。
私達は忍び。 でもね、やっぱり人なの。 人は孤独には耐えられない、そう出来ているのよ。
里を、火の国の民を守る事は、自分も守る事。 その幸せを見つけるまで、死んでは駄目よ? 』
・・・・・なんだろう、今、懐かしい夢を見ていた。 先生に房術の訓練をしてもらっていた時の。
俺達ユキジ班の訓練は、内臓筋のコントロールと舌使い。 毎日クタクタになって布団に入った。
あの時はとにかく一生懸命で、夢うつつで聞いてた先生の言葉。 はっきりとは覚えていないんだ。
残念ながら、自分の出したのを舐めても記憶は覗けないんだよね。 先生、なんて言ってたの?
「・・・・・・・・・・・夢をみていました、よく覚えてないけど。 懐かしい夢。」
「幸せそうな顔してたから、起すに起せなくて困っちゃったよ?」
「何度も嬉しそうに頬ずりしちゃってサ・・・・ 妬けるねぇ。」
「・・・・・ずっと・・・・ おふたりの手を握りしめていたんですか? 俺。」
「フフフ、随分甘えただーネ、イルカ。」
「くすくす、あんなに大胆だったのに。」
房術使いの俺はいらないと言われたみたいで、とにかくショックで・・・・・ ひたすら求めた。
ほら、房術使いの俺の中は、こんなに気持ちがいいでしょう? いらないなんて言わせない。
狂ったように求めた。 イッパイ頂戴、ふたりの何もかもを。 俺の中をふたりで一杯にして。
もっと、もっと俺を必要として? 房術使いの俺を使って? 俺が俺でいられる様に、もっと。
目を閉じるとけだるい眠気が襲って来て。 気が付いたら・・・・・・ ふたりの手を握ってた。
“見つけた” と言っては口元に持っていって頬ずりを繰り返したらしい。 嬉しそうに何度も。
ふたりの手をずっと握りしめたまま、先生の夢を見ていた俺。 何かを探す夢だったのかな。
「房術使いにかかったら、オレ達理性ブッ飛ぶネ。 任務中に何度盛ってるの、って感じ。」
「ボク達にとって花の毒は蜜の味。 けど、イルカが持ってる本来の毒には勝てません。」
「房術・・・・ 俺の花・・・・ 毒ある? まだ大丈夫??」
「くすくす! ええ。 ボク達にとってイルカだけが毒、それも致死量です。」
「フフフ・・・・ ねぇイルカ。 次の着物の刺繍サ、トリカブトにすれば?」
木の葉の暗部の長にそう言ってもらえるなんて。 俺はこのままでいいと言われたみたいで、嬉しい。
トリカブト・・・・ へへ、いいですね! おふたりと組む時は、必ずそれを着る事にします。
ふたりの記憶を持っている俺、もし敵に捕まったらその時は・・・・ ためらわずに殺して下さいね?