あうんの門の狛犬 1   ABC DEF GHI JKL




世の中には不思議な事がたくさんある。 でっかい狐の化けモンがいたり、人語で喋る蛙がいたり。
俺達忍びの世界は、そういう一般人にとっては摩訶不思議なものが、日常の中にありふれている世界。
その内のひとつ、木の葉隠れの里のあうんの門には・・・・ 実は門の守り主の狛犬さんがいるんだ。
俺は下忍の頃に、木の葉の狛犬さんの声を聞いた。 だから、こうやってたまに報告に来る。

門の守り主である木の葉の狛犬さんに、今日も元気にやってますよ、っていう俺の独り言はもう恒例。
門番の忍びは、いつも苦笑いしてるし、 一般人はヘンな青年がいるな、って視線を寄越すけど。
それは仕方がない、扉のヘリに話しかけている様に見えるから。 信じる信じないは個人の自由だし。

こうやって門が開いていると見えないけど、あうんの門の扉の外側には紅白の紐がついてるんだ。
夜間に門が閉まったらちゃんと見える。 里の外側からだけど、扉に垂れ下がっている紅白の紐。
俺は、その見えないけど垂れ下がっている紐に話しかけている・・・・・ つもり。 恒例の報告を。
だってあの紐こそが、木の葉の狛犬さんだと思うんだ、何かしらの繋ぎの役割をしているモノだ、って。

「この前言ったと思うけど、俺達が受けた中忍試験。 今日はね、その報告なんだ、へへへ。」

あれは俺が下忍になってしばらくしての事・・・・ 失せモノ探しの任務で、はぐれてしまったんだ。
お婆ちゃんの形見のお守りを探してくれ、っていう依頼だった。 お守りを探しているうちに迷って。
俺達を下忍に認定した上忍師は、すぐ次の下忍試験を実施する為、任務に同行する事はなかった。
経験のある上忍師が少なかったんだ、九尾襲来で上忍師も含む、多くの忍びが犠牲になったから。

新人の下忍三人でも問題ない、そういう小さい任務依頼をこなす毎日だった。 その何度目かの任務。
お守り探しに夢中で、気付いたらスリーマンセルの仲間とはぐれていた。 はたと気付いて後を追う。
依頼人の希望が優先だ、お守りを見つけたら先に届けに戻るのは下忍の務め、仲間は先に帰還したんだ。

だから一生懸命仲間の気配を追って・・・・ って言っても、里の方角に向かって駆けただけだけど。
ぼんやりと里の方角は分かる、そういう下忍の勘? みたいなモノも、その頃にはちゃんと備わっていた。
一人淋しくトボトボ帰ってきた時、あうんの門は閉じていた。 結界を張る為、夜間は封鎖されるから。
結界の張ってある門や壁を飛び越えようとしたら、一瞬で黒焦げになる。 開門まで待機するしかない。

「知らないと思うけど、最初のスリーマンセルの仲間全員、合格したんだよ! やったねーーーvv」

あーあ、このまま朝方まで門の前で一泊か。 そう思ってゴロリと横になった。 で、あの紐を発見。
よく見るとあうんの表門の上側から、紅白のねじれた紐が引っ張って欲しそうに垂れ下がっていた。
内側にはそんなのないし、門が開いている昼間にしか来た事なかったし、通り過ぎるだけだったし。
いつも里の中からしか見た事がなかったから、こんな紐が門の外側についていたなんて知らなかった。

見れば見るほど “引っ張って下さい” って主張してる気がして。 で、思い切って引いてみた。
ひょっとして里の門が開くんじゃないか? なんて、細い紐にそんな事を期待してみたりしながら。
そうしたら次の瞬間、真っ暗の空間にいた。 真っ暗で何も見えなくて、でも声がしたんだ、ふたつ分の。

ぼんやりと覚えている、『木の葉の下忍だね 頑張れ』 そう応援してくれた、ふたつの優しい声を。
で、気が付いたら自分ちの布団の中にいたんだ。 夢かな、って思ったけど、すぐ違うってわかった。
俺が帰ってくるまで、待っててくれたらしい下忍仲間が、俺んちの居間で雑魚寝していたんだ。
聞いたら、夜中の一時まで起きて待っていた・・・・ って言ったし。 だから夢じゃない、って。

「あ、そうだ! はい、いつものヤツ。 木の葉の狛犬さん、里を守ってくれてて、ありがとう!」

色々考えた結果、あれは里の門の狛犬なんじゃないか、そういう結論に達した。 だって・・・・・
あうんの門だろ? おまけに紅白の紐で、ふたつの声。 よく神社なんかにいる、獅子みたいな生き物。
昔木の葉の忍びと契約してた口寄せ獣かもしれない。 で、門の横におにぎりをお供えしてみたんだ。
木の葉の玄関を人知れず守っているのに、誰にも感謝されないなんて、すごく淋しいんじゃないかって。

そうしたら次の日、おにぎりのあった場所に兵糧丸が置いてあったんだ、二粒。 もう確定だろ?
狛犬さんはきっと、異空間にいて里の門を守っている、そして門の前で困っている忍びを助けるんだ。
実はあれから何回か紐を引っ張ってみたけど、あの空間には行けなかった。 まあ、ワザとだしね。
その度に “こんな時間まで里外で何をやっとったんじゃ!” って、三代目に怒られたからもう止めた。

「狛犬さんの兵糧丸のおかげだよ? だから一番に知らせたくて・・・・。 えへへ!」

門が開いていて、まるで扉の厚みのある木に話しかけているように見えるけど。 そんな事は気にしない。
いつも里の忍びを見守ってくれている。 誰にも気付いてもらえなくても、俺だけは知ってるよ?
俺はいつもの様に、おにぎりを扉の横に供えて、あうんの門に向かって、二回パンパンと手を叩いた。