闘犬島〈とうけんじま〉の秘密 1   ABC DEF GHI JKL




忍びの世界には口寄せ獣という、人語を理解して会話をする賢い動物がいる、って聞いたことがある。
もうずっと前、まだ小さかった僕は、どうしても忍犬を飼いたいと我儘を言って、両親を困らせたそうだ。
そんな前の事を二人は覚えていて、忍犬は無理だけど賢い犬が家に来るよ、と誕生日に知らせてくれた。
8歳の僕の誕生日プレゼントとして、あの日家にやって来た犬は、牙〈きば〉という名の小さなシェパード。

『きば? 僕はユウタ、よろしくね?  牙、歩けないの? この足、痛くない?』
『・・・・・・・・。』
『その前足は、訓練中の事故で半分なくなったらしい。 でも牙はもの凄く強い犬だぞ?』
『それに凄く賢い犬なのよ? めったに吠えないし、ちゃんと分かってるの、私達の言葉を。』

18歳になった今なら分かる。 忍犬は犬であって犬じゃない。 口寄せ獣という意志を持った犬型の生物。
忍びしか契約を交わせない。 そりゃ両親が困る訳だよね。 忍犬じゃないけど、それでも牙は強い犬。
訓練を受けていたが事故に合い、保健所で処分されるはずだった闘犬。 目が合った瞬間、感じたらしい。
この犬は他とは違うと。 犬を見に来ていた僕の両親は、その場で保健所に掛け合い、引き取ってきた。

『火の国 木の葉隠れの里に、有名な獣医の忍びがいるらしい。 牙の足を作ってもらうおうな?』
『え? 足って・・・・ 作れるの??』
『義足といって、足の変わりのモノをつけるのよ。 そうしたらもう一度走れるようになるわ。』

『ホント?! 牙、聞いた? 走れるようになるんだって! よかったねっ!』
『お前は強い犬だから、きっと頑張れるさ。 な?』
『すぐ諦めちゃうユウタの、お手本になってあげてね?』
『・・・・・・・・・バウ。』

木の葉隠れの里は、火の国のお抱えの忍びの里。 遠いけど、牙の為には木の葉の里へ依頼をしよう、と。
そこの犬塚という一族は、犬の事は何でも知っていて、忍犬を生涯のパートナーとして一緒に戦うそうだ。
両親が、前足の半分ない牙を引き取って来たのも、きっとそのリハビリに耐えられると思ったかららしい。
お前が頑張る姿をユウタに見せてやって、あの子の成長を一緒に見守ってやって、と話しかけながら。


「どうした? 牙。 いつもここで立ち止まるけど・・・・??」
「・・・・・・・・ウー。」
「ここに何かあるのか? でもこの先は入れないよ。 剛〈ごう〉様のお屋敷だ。」
「・・・・・・・・バウ。」

小さい頃の僕は何をしても飽きっぽくて。 子供の我儘で通ったかもしれないが、諦め癖がついていたんだ。
でもこの島の子なら闘犬を見習えって、両親が僕に牙を与えた。 そして、諦めず頑張った牙を見て育った。
僕の生まれた所は、どこの国にも属さない、大陸の東に浮かぶ小さい島。 あえていうなら所有者、剛の島。
一年に一回、島の収益を得る闘犬大会が行われる、闘犬島〈とうけんじま〉という通り名の方が有名だ。

「そうか、闘犬会場だったけ。 牙はもともと闘犬になるべく訓練を受けた犬だったしな。」
「・・・・・・グル、グル。」
「あはは、もう! わかってるよ、牙は僕のパートナー、闘犬じゃない! クスクス。」
「・・・・・・・・バウ。」

島の伝統でもある大会は、この屋敷の中にある会場で行われる。 闘犬同士を戦わせてチャンピオンを競う。
各国からも闘犬ファンが集まる。 チャンピオンは島の誇り。 この島で育った者は皆、強い犬が大好きだ。
でも木の葉の里の犬塚家で僕が学んだ事は、その志向に反するモノ。 それまで疑問に思った事はなかった。
闘犬はカッコいい、とだけしか考えてなかった。 だから強い犬、忍犬が欲しいだなんて、口に出せたんだ。

「・・・・あの黒丸の言葉、僕は忘れないよ。 牙は僕の友達だ、ずっと一緒にいようね?」
「オン!」

一ヶ月間の牙と僕の木の葉への滞在は、僕の価値観を変えた。 同じ戦う犬でも、闘犬と忍犬は違う。
牙を闘犬に戻せる? なんて、馬鹿な質問をした。 まだ子供だった僕は、言葉通りに取ってしまったけど。
戦いに負けた闘犬がどうするか知っているか、と。 まず黒丸は僕に聞いた。 もちろん知っていた。
だから僕は、また次の大会に向けて頑張るんでしょ? と。 黒丸は、そうだと頷き、その後こう言った。

『闘犬は見世物の為に育てられた狂犬。 戦う意味も知らず、ただ相手を殺す事だけを考えている。』

あの時はまだ八才で。 黒丸の言わんとしてた事がわからず、牙を狂犬と呼ばれて、ただ単純に腹を立てた。
獣医でもある忍び、犬塚ツメさんの続けた言葉で、ツメさんのパートナー 黒丸の言葉の意味を理解した。
そして、ただ話せるからだけじゃなく、闘犬と忍犬の決定的な違いも。 あの時から牙は、僕のパートナー。





坊や、すまないね、黒丸は牙の悪口を言った訳じゃないよ? 闘犬のあり方について説明しただけなんだ。
このコを、ただ殺しを繰り返すだけの犬奴隷に、なぜ戻すのかと。 黒丸はそう言いたかったんだよ。

忍犬は、自分の意思で忍びを選び、共に闘う戦士。 闘犬に己の意思はない、殺しを強要されている犬闘士。
この違いがわかるかい? せっかく闘犬の呪縛から解放されたのに、戻す事なんて考えないほうがいい。

見たトコロこのコは、凄く意志が強そうで聡明な犬だ。 すぐに義足も使いこなせるようになるだろう。
これから牙は、意思を持つ友として生きられる。 殺し以外のたくさんの事を、坊やが教えておやり?