闘犬島〈とうけんじま〉の秘密 4
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いつも牙は、この別れ道で立ち止まる。 町に戻る方じゃなく、剛様のお屋敷へと続く道が気になる様だ。
よく考えたら、牙は元々闘犬の訓練を受けていた犬だった。 一緒に訓練した犬の匂いでもするのかな?
でも牙は僕の友達、闘犬なんかじゃない。 当たり前の様に思っていたこの島の名物、闘犬大会。
犬塚さんは、忍犬を自分のパートナーだと言った。 だから、もし人に置き換えたら、と考えたんだ。
「おい、その犬はお前の犬か? 私は闘犬大会を主催する者だが・・・・ う〜ん。」
「・・・・? はい、僕の犬ですが・・・・?」
「こんなに立派なシェパードは最近いない。 どうだろう、その犬を譲ってくれないか?」
「は?! 冗談じゃありません! 」
牙を闘犬に? 譲れだって?! この島の者なら、皆が皆、闘犬大会を楽しみにしていると思うな!
奴隷が死ぬ寸前まで戦う様を、楽しんで観覧する。 闘犬大会を人に置き換えたら、そう言う事だ。
昔、火の国に行って犬塚さんと黒丸に、それを教えてもらった。 戦士じゃなく、見世物の為の奴隷だと。
思わず声を荒げてしまった、まずかったかな。 だって僕の反応は、非島民的な態度だと思うから。
「・・・・・・残念ながら、牙の前足は義足です。 闘犬にしても存分に戦えません。」
「なんと! いやしかし・・・・・ 義足の闘犬・・・・ そうか、実に頼もしい・・・・。」
「自慢じゃありませんが、牙は僕の言う事しか聞かないので、闘犬向きではないのです。」
「まあ、気が変わったら・・・・ いつでも剛様のお屋敷を訪ねて来るといい。」
声を大にしては主張できない。 この島の経済は、闘犬大会が行われる事で潤っているようなモノ。
僕の様に思う人も、きっといるだろうけど。 島の皆が生活できるのは、その観光のメインがあってこそ。
小さい島だ、もし闘犬の存在を否定したなら、監獄島〈かんごくじま〉へ流刑される事になるだろう。
監獄島も小さい島。 他国からの罪人を閉じ込めて置く施設を、たくさん保有してる。 それも島の財源。
島全体が、罪人預かり所のような役目を負ってるんだ。 この広い海に点々と浮ぶ、名もない島の多くは、
島の所有者のモノで、どこかの国の一部ではない。 大陸にたくさんある忍びの隠れ里も、存在しない。
そういう産業でもないと、中立の立場は貫けないんだ。 島に住むか、島を出るかしか、選択はない。
この島で牙は育った。 そんな牙を引き取って来た両親も。 そして僕だってそうだ、だから・・・・
黙認するしかない。 闘犬大会をあえて見ようとは思わないけど、僕は生まれ育ったこの島が好きだ。
あの時、僕と牙に声をかけたのは、闘犬大会を取り仕切る、剛様の右腕とも言われている男だった。
どうやって調べたのか、しばらくして僕の家へ、セコンドスカウトだという人員を派遣してきた。
牙を闘犬にしたい、僕がセコンドになって、“義足の闘犬 牙” を島の英雄にしようではないか、と。
最初は丁寧に断っていた僕だけど、再三の訪問に嫌気がさし、最近では居留守を使うようになった。
「お前の言う事なら聞くんだそうだな? ならばお前が命じて戦わせれば、闘犬として使える。」
「父さんと母さんを・・・・ くそっ! 両親を返せっっ!!」
「言ったはずだ、闘犬 牙のセコンドに迎えると。 大金を稼げるんだ、親孝行をしてはどうだ?」
「何が親孝行だ! 僕は何度も断った。 これはまるで・・・・ 脅しではないですかっ!」
そのうち諦めるだろうと無視を決め込んでいたけど、父さんと母さんが剛様のお屋敷に呼ばれた。
島民と交流を深める為の宴を。 全島民を代表して、抽選で選ばれた夫婦・・・・ というのが名目だ。
いくらなんでも僕にだって分かる、これは明らかに脅しだ。 僕がウンと言わなければ、両親は・・・。
僕の体験談を、感動しながら聞いていた両親。 それからこう言った、牙は私達の家族の一員だ、と。
「脅しとは侵害だな。 ご両親は剛様のお屋敷に呼ばれて、一緒に食事をしているだけだ。」
「・・・・・・・牙。 友達の僕からのお願いだ。 僕の命令には絶対従うなっ!」
「バウッ!!」
「なっっっ!!! キサマ!! 下手に出れば付け上がりおってっっ!!」
こんな事だろうと思った。 男の合図で僕と牙は取り押さえられた。 僕は簡単に拘束されたけど。
でも牙は、取り押さえようとしていた男達に向かって行って、蹴散らした。 ははは、凄いね、牙!
僕の命令を聞くなと言ったのは、そのまま逃げろという意味だったのに、牙はこっちに駆けて来た。
駄目だよ牙。 さっきのは友達としてのお願いだ。 友達との約束は守らなきゃならないんだよ?
「僕は知ってる。 闘犬は強い犬じゃない、意志を持つ犬こそ強い。 ・・・・人間も同じだ!」
「この・・・・ 何も分からぬ、こわっぱがっっ!」
「がはっっ!! ・・・・・うっ 先に約束を破ったのは・・・・牙、お前だよ?」
「何を言っているっ! はやくこの犬を、おとなしくさせろっっ!!」
「牙、今度こそ、絶対の命令だ。 ・・・・・・黒丸の元へ、ツメさんのところへ走れ! 今すぐっ!」
「グルゥゥゥゥ・・・・・・・ オォオーーーーーーンッ!!」
「逃げたぞ、追え!! 素晴らしい、やはり私の目に狂いはなかった、あの犬を必ず生きて捕えろ!」
そうだ。 そのまま火の国へ。 お前なら船にだって紛れ込めるし、海だって泳いで渡れる。
走れ、走れ牙! 犬塚家なら必ずお前の事を覚えている。 両親も僕も、牙を家族、弟だと思ってるよ。
人間年齢でいくと牙の方がお兄ちゃんなんだけど、僕がお兄ちゃんだ。 弟を奴隷になんてさせない。
僕の家族で弟で大好きな僕の友達。 前足が半分なくても頑張った牙は僕の誇り。 ・・・さよならだ、牙。