歯車の潤滑油 1
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どうすればいいのだろう。 私が今動けば間違いなく内乱が起こる・・・・。 かといって。
真実を赤裸々に国王や国民に話す事など出来ない。 皇后だった彼女の支持者は今でも多いから。
長く子が出来なかった王と国民に、今の王、皇太子を授けた彼女は、まさしくこの国の母となった。
彼女の言と王の一家臣の私の言、どちらを信じるかと言えば、それは間違いなくあの方だろう。
5年前に王がご崩御され、皇太子が新王として即位された。 その当時の皇太子はまだ御年10歳。
10歳の少年王に国政のなんたるかを判断できるはずもない。 当然後見人として、彼女が常に側にいた。
私も国の為、共に新王を支えてきたが。 一体いつからあの方は・・・・ まだ信じたくない私がいる。
今では国民が熱狂する若獅子王、昴〈すばる〉様。 亡き先代の若き姿を再現した様に立派に成長された。
その母君をもし私が討ったとしたら、国中が混乱するだけでなく、昴様に反逆する者も出てくるだろう。
立派になられたとはいえ、昴様は若い。 亡き王の妹君の子、弟君の子が虎視眈々と玉座を狙っている。
王に正統な血筋の子がなければ、この国は間違いなく内乱が起こり、多くの民が犠牲になったはずだ。
そのことからも彼女の功績は大きい。 ここまで立派に昴様を導いたあの方の。 私は一体どうすれば?
分からぬように暗殺でもするか? だが現国王に近しい私が、元皇后を暗殺したらすぐに発覚する。
正当性を説いたとしても、殿下の血も疑わしいのではないかと、昴様を排除する口実を与えるだけだ。
今、他国の手を借りたら、弱みを握られる国として属国の様に扱われる。 それだけは避けねばならない。
自国の民や貴族が、他国の奴隷や家臣の様に扱われたら。 殿下や亡き王に申し訳が立たない。
噂を信じて木の葉隠れの里を訪ねてみるのもいいかも知れない。 身分を隠し、試してみればあるいは。
もし真実噂通り、火の国の隠れ里が、他国に干渉しない第三者であるなら、我が国の救いとなる。
火の国と風の国の間にある小国。 長く内乱が続いていて、いっそどこかに吸収された方が民は幸せだ。
手引きしますから介入して下さい。 民を代表して来ました。 どうせ国を売るなら火の国に、と。
木の葉隠れの任務受付所でそう伝えたところ、目の前の忍びはニッコリと、人好きのする顔で笑った。
謎かけですか? と。 そして次の瞬間、私が用意した偽の任務依頼書をビリビリと破って捨てた。
「そういう話には以下の要人がいらっしゃいます。 ウチを試される方と、ウチを利用する方。」
「!!! ・・・・・・・申し訳ありませんでした。 悪気はありません、ただ・・・・」
「ふふふ、遠路遥々、ようこそお越し下さいました、剣〈つるぎ〉の国の響〈ひびき〉様。」
「?! 私の事を・・・・ 御存じで?!」
「木の葉の門番の目は、節穴じゃありませんよ? くすくす・・・・」
「・・・・・ははは。 申し訳ありませんでした・・・・ これはご無礼を。」
「ですからこちらも試させて頂きました。 利用目的でしたら即、拷問部行きでしたよ? ふふ。」
「・・・・・・・・よかった・・・・ どうやら噂は本当の様だ。」
火の国は木の葉隠れの里が、真実他国に干渉しないのなら、こんな任務を請負わないだろうと思った。
逆に木の葉がそうでないなら、美味しい話に飛び付いて来るだろう、とも。 利用・・・・と言ったか?
そうやって介入させておいて、木の葉隠れから守ってやるぞと、逆に武力介入する国もあるという事か。
なるほど、それなら拷問されてもいた仕方ない。 だが木の葉隠れは、私を拘束しないらしい。
「剣の国からあの国はあまりに遠いですから。 利用目的ではないな、と。」
「他国の一家臣の情報をも把握しておられるとは・・・・ 脱帽いたしました。」
「ふふ、木の葉隠れは大陸一の忍びの里ですから。 抜かりはありません、ふふふ。」
「・・・・・その隠れ里のお力を・・・ ぜひともお借りしたいと。」
なんという事だ、これが喜ばずにおれようか。 噂には聞いていたが。 これほどとは思わなかった。
権力と欲は比例する、必ずだ。 なのに例外をこの目で見て、捨てる神あれば拾う神ありを痛感した。
もし近隣なら、本当に国を委ねてもいいと思えるほどに。 だが私は、昴王の治める剣の国が剣士、響。
亡き先代からお仕えして、今の王昴殿下に忠誠を誓う騎士。 国を売る事などできようはずがない。
国を売らずとも裏切る事、それは騎士道に反すると、分かってはいても見過ごせない事もある。
喜んで元皇后を暗殺する裏切り者となり、潔く死に逝こう、それでだけで我が国が安定するならば。
私一人の責任であれば。 沈黙を守り死ぬだけなら、わざわざこんな遠くの地を訪ねてはこなかった。