お人好しの忍び 1
ABC
DEF
GHI
JKL
M
『キミちゃん・・・・ ぼく・・・ ぼく、いつかぜったい、うぅ・・・ あいにいくから。』
『マコトちゃん! あたしならへーき。 おいしいものもタクサンたべられるんだって!』
『うぅぅぅ・・・・・ ぼく、はやく、おとなになって・・・・ そうしたら・・・・』
『わー なきむしー! あいに・・・・ きてくれるの? うん、まってる!』
『キミちゃん・・・・ そうだ、やくそく。 ほら、ユビきりげんまん!』
『うん、ユビきりげんまん! だいじょうぶ、まってるからね、あたし。』
「コン、コン! あ、香苗〈かなえ〉ちゃん、コン、コン・・・・」
「なんだか最近、嫌な咳してるけど・・・ 喜美〈きみ〉ちゃん、一度お医者様に・・・・」
「ん、大丈夫。 でも・・・ なんだか・・・・・ コン、コン・・・ コン・・・ ゴホッ!!!」
「き、喜美ちゃんっっ!!! 女将さんっ!! 女将さんっっ、喜美ちゃんがっっ!!!」
ココで私の大の仲良し、喜美ちゃん。 数日前からヘンな咳をしているから、もの凄く心配だった。
店に上がる時のお化粧と白粉の匂いで、具合が悪いなんてこれっぽっちも分からなかった、ホント馬鹿。
いつも笑って “大丈夫” が口癖の、その本人が吐血して倒れるまで。 本当の姉妹だと思って来たのに。
喜美ちゃんの手のひらを見ると、ドロリと赤黒い血がついていた。 喜美ちゃん・・・ まさか、肺病?!
「・・・・・肺病だね。 もう売りモノになりゃしないじゃないか。 香苗、うつるから出てなさい。」
「嫌ですっ! お医者様を呼んでくれるまで、喜美ちゃんの側にいます!!」
「馬鹿な事言うもんじゃないよ! どう見ても末期だ、仕方がないじゃないかっ!」
知ってるわ。 肺病専門のお医者様を呼べば、この老舗の遊郭の名に傷が付くから、遊女は処分される。
それに末期の肺病だとしたら、診せるより始末する方が安上がりだもの。 そんな事は百も承知よ。
どうせ霧隠れの忍びを呼んで、今夜にでも消すつもりなのよ。 何事もなかったかのように振る舞う。
そして皆に、嬉しそうに言うのよね? “あの子はさる大名に身請けされて行ったよ” って。
喜美ちゃんは売られ、私は拾われたけど、ここへ来たのは同時期。 小さい時からこの遊郭で育った。
禿、新造になったのも店に出たのも一緒。 だからここのやり方は・・・・ 嫌と言うほど知っている。
このままじゃ喜美ちゃんが。 いつも笑って大丈夫と励ましてくれた喜美ちゃんが、処分されちゃう。
泣き虫の私がこんな泥水の中で笑って耐えてこられたのは、そんな時必ず側に喜美ちゃんがいたから。
それなら最期まで一緒にいてあげたい。 “大丈夫”って、今度は私が笑って励ましてあげる番。
私には喜美ちゃんみたいに、迎えに来てくれる人もいなければ待っている人もいない。 だから。
このまま喜美ちゃんの側にいればいいだけ。 霧の忍びは殺人を見た私も・・・・ 殺すだろうから。
「・・・・・・アタシだって鬼じゃないさ。 お前まで殺したくはないんだよ、わかっておくれ。」
「なら女将さん。 木の葉の・・・・ 火の国から木の葉隠れの忍びを呼んで!」
「お前、ここは水の国だよ? そんな事がばれたらウチの店が燃やされちまうじゃないか!」
「ばれたら、でしょう? 女将さん、お金なら・・・・ 私が頑張ってお客をとる。 だからお願い!」
「いくら人情に厚い木の葉隠れでも来るはずがない。 返事がなかったら即、霧隠れに頼むからね。
可哀想だがその時は、事情を知ってるお前には死んでもらわなきゃならない。 分かってるね?」
そんな覚悟、とっくに出来てる。 そんな事言って、どうせ木の葉に知らせるつもりがない事も。
分かってるけど。 そういう選択もある、っていう事を知っていて欲しいの。 店の他の子の為にも。
女将さん、遊女は旬を過ぎたら値が下がる使い捨ての道具。 でもね、あがいてみてもいいでしょう?
私はここで朽ち果てるだけ、でも喜美ちゃんは違う。 いつか話してくれた、待ってる人がいるのよ。
私達遊女には心の支えが必要。 喜美ちゃんはその人の為に生き抜いて来た。 私の支えは喜美ちゃん。
親の顔も知らない私は、喜美ちゃんが家族だと思って生きて来たの。 それはこれからだってそう。
家族なら最期まで諦めないわよね? どんなわずかな希望でも、何もしないよりはましだもの。
「大丈夫、きっと木の葉の医療忍者が、来てくれるわ。 だから、喜美ちゃん。 大丈夫・・・・」
「香苗、お前まで失いたくない。 そんなアタシの気持ちは伝わっていないのかい。」
「いいえ女将さん。 これは私のわがままだわ。 聞いてくれて・・・ ありがとう。」
「アタシもヤキが回ったね。 小さい時から可愛がってきた子たちをこんな形で失くすなんてさ。」
ごめんなさい、女将さん。 でももしかしたら本当に、医療忍者が来てくれるかもしれないじゃない。
木の葉隠れの里の医療忍者なら、きっと喜美ちゃんの肺病だってなんとかしてくれる。 そう思いたいの。
世の中にはすごい医療忍術を使う忍びが・・・・ 確か、神の手を持つと言われている忍びがいる、って。
眉つばモノの噂でも、今はどんな事でも信じてみたい。 どうせ先に待ってるのは霧隠れの忍びだもの。
周囲に広がる前に、重い肺病を患ったら処分する。 ここ水の国の花街では、昔からの暗黙の常識。
でもそれを変える事が出来るなら。 これがそのきっかけになれば、私達の死も無駄じゃない。
そいういう選択もあるのだ、という一石を投じれば。 私の生も、少しは意味のあるものだと思えるもの。