お人好しの忍び 9
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イノの覗いた記憶から、水の国の小さな村を訪ね、それから喜美さんの幼馴染の誠さんを探した。
喜美さんが遊郭に売られた後、誠さんも丁稚奉公に出てしまって、年に一回帰郷するだけだったらしい。
ずいぶん前に彼の家族は他界したから、ここにはもう戻ってこないだろう・・・・ という話を聞けた。
とにかく教えてもらったお店に行ってみよう、彼が丁稚奉公に行ったという両替商の御店に。
ひょっとしたらまだそこで働いているか、もしくは知人が残っているかもしれないだろうから。
喜美さんの痛みは無くなったけど、寿命が延びた訳じゃない。 彼女に残された時間はもって二日。
必ず見つけ出す。 喜美さんの中で見た泣き虫の誠さんは、彼女の事が好きで好きでたまらなかった。
あの遊郭のある花街から少し離れた別の町、ここは水の国でも有名な商業街だ。 両替商はここにある。
数ある両替商の中でも、その店は大きく、すぐに分かった。 今日中に彼を見つければ明日には・・・・
入ってすぐ、いかにも御店の重役という感じの人がニコニコと、それぞれの窓口へ客を案内していた。
果たして会いたいと願う喜美さんの思いが届いたのか、会わせたいと願う香苗さんの思いが届いたのか。
「恐れ入ります、こちらに・・・・・ !!!!!」
「いらっしゃいませ。 水の国は始めてですか? ウチでは通貨の両替料として1%を・・・・」
「誠さん!!! あなた・・・・ 誠さんですね?! よかった、まだ本人が・・・・」
「??? ・・・どこでお会いしていたのでしょう、申し訳ありませんでした、ようこそ。」
おそらくそのどちらもだろう。 喜美さんの記憶の中の面影を残した、誠さん本人がそこにいた。
あの子が大きくなったら、きっとこんな青年になっているだろうな、と想像した通りの優しそうな瞳。
幼いながらも誠さんの喜美さんを見る目は、本気で迎えに行くと言っていた。 ポロポロと泣きながら。
俺もよく泣くんだよな・・・・ まあ・・・・ 子供と大人じゃ・・・・ 比べるまでもないか、ははは。
・・・・?? まてよ? ここは見るからに大きな御店。 もしここの重役なら・・・ どういうことだ?
これだけ大きな店の重役なら、遊郭から遊女の二人や三人・・・・ は無理か。 でも一人ぐらいなら。
あの約束と気持ちが今でも誠さんにあるなら、とっくに喜美さんを探し当てて身請けをしたんじゃないか?
「・・・・・誠さん、つかぬ事をお伺いしますが。 故郷を覚えていらっしゃいますか?」
「! 母が死んでから帰っていませんが、村の方だったのですか! これははるばる・・・・」
「いえ、そうではなく・・・・ あの村の事も、母親の事も、ちゃんと覚えているのですね?」
「当然じゃないですか! 長年仕送りして最後も看取りました。 たった一人の母を忘れるなんて!」
ひょっとしたら記憶障害か何かで、過去を忘れてしまったのかと思ったけど、それも違うみたいだ。
稼ぎ頭だった父を亡くし、自分が残された母親の面倒をみる、そう言って十数年前に村を出た誠さん。
病気がちだった母の為、一生懸命仕送りしてた孝行息子。 誠さんの話は村の人から聞いたものと同じ。
だったらなんで・・・・・ 喜美さんと指切りまでして誓った約束を・・・・ どうして忘れたんですか?
「大変失礼いたしました。 誠さんこれだけ聞かせて下さい、喜美さんを・・・・ 覚えてますか?」
「幼馴染のキミちゃん?! もちろんです!! わー 懐かしいな、よく泣き虫って呼ばれたなぁ!」
「・・・・・・・・そうですか。 実はその喜美さんがあなたに会いたいと、俺を寄越したんです。」
「会いたいなぁ! おれのこと覚えててくれたんだ・・・ でもどうしょうか・・・・・・・」
誠さんは喜美さんの事も覚えていた。 幼馴染で泣き虫だと呼ばれていた事も。 そして会いたいらしい。
どうしようか、と彼が言った後に続けた言葉は、お恥ずかしい話ですがヤキモチ焼きなんですよ妻が。
そう言って心底困ったように、でも幸せそうに微笑んだんだ。 彼にとってあの思い出はその程度なのか?
俺はイノから貰った記憶の欠片を見た。 喜美さんが大好きで、大きくなったらお嫁さんになって、と。
両親に先立たれ、廓に売られて行った喜美さん。 誠さんとの約束だけを信じて、今まで生き抜いて来た。
毎日自分の上を通り過ぎる男には目もくれず、ただ、幼い日の指切りの思い出をずっと心にしまって。
大人になる為には、子供のままではいられない、人の心は変わる。 誠さんも変わってしまったのか?
・・・・・・引っ掛かる。 綺麗に忘れ過ぎだろう? 子供だけどあんなに大好きだった感情を忘れるか?
彼は欠片もバツが悪そうにしていない。 もしどこかで過去に折り合いをつけて、諦めたとしたら・・・・
少しでも後ろめたい思いがよぎるはずだ。 こんなにあけっぴろげに喜ばないだろう・・・・と思う。
「よかったらこっそり店に顔を出して下さい、って伝えてもらえますか? それなら・・・・・・」
「・・・・残念ながら・・・・・ ?! 誠・・・・・さん?? 涙が・・・・??」
「あれ?? なんだろう・・・・ ゴミ?? 別に痛くないのに・・・ わわ、すみません、失礼。」
「・・・・・・・分かりました、そう喜美さんに伝えますね? では・・・・・・。」
幸せそうに微笑んだままのその顔で、誠さんはポロポロと涙を流した。 あの記憶のままの瞳で。
本人の意思じゃないのか。 誠さんは無意識で泣いている。 これは・・・・ ここまで完全に消すのは。
記憶はそのままに、誰かへの特別な感情だけを取り除くなんて、間違いなく忍術、忍びが関わっている。
どこかの誰かが、誠さんから喜美さんへの思いを取り除いたんだ。 ・・・・悪いけど、暴かせてもらうぞ?