お人好しの忍び 10   @AB CDE FGH JKL M




調べてみると、誠さんは両替商の婿養子だった。 御店の丁稚には、皆ソロバンを習わせた主人。
その中でも誠さんは特に成績優秀で、奉公へ来てすぐ、ご主人に目をかけられるようになったらしい。
穏やかな性格の彼は優秀さを鼻にかける事なく、常に御店への感謝を忘れず、皆に可愛がられたそうだ。
そしてそれは、御店のお譲さんも例外ではなく、傍目に分かるほど思慕を寄せていたと聞く。

けれどお嬢さんの片思いだっただろう。 誠さんには心に決めた人がいた・・・・ そう喜美さんだ。
喜美さんと同じで、誰にも話さず、あの指切りの約束の日の実現に向けて、頑張っていたはずだ。
いくら恩がある御店だとはいえ、一途な誠さんの性格なら、お嬢さんを受け入れるとは考え難い。

でも実際彼は今、御店の若旦那だ。 そこに誰かの思惑が入ったのなら、疑うべきはその妻と義父。
どちらか片方かもしれないし、どちらともの仕業なのかもしれない。 とにかく誠さんの意思じゃない。
水の国だから霧だと思うけど、その忍びを探し出す事は不可能だ。 気付かれずに実行しただろうから。
今俺に出来る事は真実を知る事。 どうすればこの任務の依頼人、香苗さんが喜んでくれるのか。


同じ忍びが相手なら、俺の催眠の術なんか話にならないけど、一般人が相手なら何の問題もない。
真実を聞き出そう、まずは誠さんが言う所の “ヤキモチ焼きの妻” こと、御店の一人娘に話を聞く。
すんなりと術にかかってくれた彼女は、大きな両替商の一人娘らしく、実に勝手気ままに話し始めた。

「この御店のお譲さんですね? 始めまして俺は・・・・・・」
「・・・・・まあ! 誠さんの同郷のお友達?! ・・・・・・あら・・・ なんだか・・・・」
「・・・・・・・・・軽い催眠の術です。 いくつか質問させて下さいね?」
「・・・・・・う〜ん・・・ なんでも・・・・ お聞きになって?」

父にあんなに可愛がってもらっているくせに、その娘の私に見向きもしなかった。 でも凄く優しくて。
夜が遅くなったら必ず迎えに来てくれたし、お譲さんの頼みなら仕方ないですねと、なんでもしてくれた。
なのにお店を継ぐのは嫌だと言うの。 こんな美しい私と結婚するのに、なんの不満があるって言うの?
御店とお嬢さんの為なら何でも致します、ですがおれには迎えに行く約束をした女がいるんです、だって。

信じられる? この私が田舎くさい娘と天秤にかけられて、尚且つ負けたのよ?! 冗談にも程があるわ。
調べてみたら、その娘は遊女になってるって言うじゃない。 花街の中でも特に敷居の高い遊郭だそうよ?
昔の事なんか忘れてるに決まってるわ。 だからね、私が誠さんを幸せにしてあげようと思ったの。

「いつまでも思い出にしがみついていたら、目の前の幸せは逃げちゃうもの、そうでしょう?」
「・・・・・それで・・・・ 霧の忍びに・・・・ 依頼を?」
「お金が貯まったらお店を辞めるって、父に言ったの。 家族もいなくなったのにどこに行くの?」
「では・・・ 大旦那さんも・・・・ ご存知の上の・・・・ 依頼だったのですね?」

その頃には誠さんは、父の右腕としてなくてはならない存在だったの。 だから思いきって相談したのよ。
お父様、私が誠さんと結婚したら、彼はお店を継ぐわよ? ってね、そう言って我儘を聞いてもらったの。
もちろん父には、田舎娘の事なんて話してない、霧隠れの忍びに少し細工を頼みましょう、と言っただけ。
御店も安泰、誠さんも父も幸せ、そして私も凄く幸せ。 あの遊女もニコニコしていて幸せそうだったし。

「皆が幸せなら、それでいいでしょう? うふふふふ。」
「・・・・・そうですか。 真実が分かりました、ありがとうございました。」
「どう致しまして。 何かのお役にたてたかしら、ふふ。」
「今から三つ数えます、あなたは俺の事も話の内容も覚えていない・・・・・・・・ 一、二、三。」



「??? あら、どうしたのかしら、私・・・・・ まあ、父のお客様?」
「あの、両替商の入り口はここでいいんでしょうか? ・・・・どちらも表札が・・・・・」
「まあ! ・・・・両替商の入り口は向かいなのよ? こっちは自宅なの、ふふふ!」
「どうりで! 人けがないな、なんて・・・ はははは! お邪魔しましたー!」

さすが大商人のお嬢様だ、自分が中心なのが当たり前だと思っている。 あの満足そうな顔はなんだ?!
それが正しいと本気で思っているあの顔。 誠さんを幸せにしてあげる? してあげる、ってなんだ!
昔の事なんて忘れているだと?! 本当に皆が幸せなのか?! 笑っているから幸せ? ふざけるなっ!
自分のプライドを守る為だけ、自分の愛情を押しつけただけ、結局自分が可愛いだけじゃないかっっ!

奪い去られた感情は元に戻す事は出来ない。 消し去った忍びを探す手立てがないから。
カカシさん、ヤマトさん、こんな時・・・・・ おふたりならどうしますか? 俺は・・・・・・