暗殺工作員の恋心 1
ABC
DEF
GHI
JKL
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『ねえイルカ。 アタシ達くのいちも恋心を大事にしなくちゃ、って言ったら笑う?』
『いや、笑わないけど。 “アタシ達”って何だよ。 俺もカウントされてるの?』
『当たり前じゃない。 私達はスリーマンセルでしょう? イルカも同類なのっ!』
『確かにチームだけど・・・・ 潜入員の恋は命取り、って皆が言ってるだろ?』
『そういう事じゃなくて!! アタシ達だって、心に秘める思いがある、って事!!』
『留めておくだけでいいのよ、心の中にね。 そうしたら嫌な事も忘れるじゃない。』
『・・・・・気のせいかな。 お前らが普通の女みたいに見えるぞ・・・・・』
『『もうっ!! バカイルカッ!』』
俺達は最初、スリーマンセルで伝令部へ配属された。 担当の上忍師はその当時、就かなかったんだ。
九尾襲来で、忍びの絶対数が足りなかったんだよ。 下忍合格者は皆、危なっかしいから単独行動は禁止。
俺達のスリーマンセルは下忍合格と同時にチームとして発足したんだ。 一蓮托生の三人組み、ってヤツ。
12歳のガキでも出来る使いっ走り、潜入員と里との繋ぎが主な任務。 ある時、現場を見て衝撃を受けた。
なにって、一人の潜入員が女を殺す現場を目撃したんだ。 それはもう、凄い衝撃だったよ、本当に。
三人の子供、結構どこにでも潜り込めるから重宝がられて、いろんな場所へ繋ぎに行ったけど・・・・
潜入員が実際に誰かを殺すのを見たのは初めてだった。 殺しの後、クスリと笑った顔が印象的だったんだ。
双方、殺気も何も感じなかった。 ただ良い仲の男女が内緒話をしている様にしか見えなかったんだよ。
女の肩を抱き寄せ、耳に手をやり、なにやらコソコソと楽しそうに話してた。 だけど次の瞬間・・・・
突然女は動かなくなった。 コトリと潜入員の肩に頭を預けたまま。 俺達は下忍だったけど分かった。
ああ、あれがあの潜入員の任務だったんだ、女は・・・・ 他里の密偵か間者か草だろう、って。
だって一般人の暗殺任務なら、あえてターゲットと必要以上にお近づきになる必要はないからな。
潜入員って、情報収集だけじゃなくて実際に殺す事もあるんだ・・・・ と、改めてそう思った。
それが当たり前なんだけど、繋ぎに行った先の潜入員は皆、忍びという感じはしなかったから。
あんな人が多い店の中で、何事もなかったかのように殺した。 男の顔には終始、笑みが浮かんでいた。
店主や他の客とも会話してたから、よく来る居酒屋なんだろう。 なのに知り合いの多いその店の中で。
殺すなら、なるべく人がいない所を選ぶだろ? 良い仲なら尚の事、二人きりになる機会は山の様にある。
居酒屋を出てきたその潜入員に、トコトコと三人の子供が近づいた。 宿泊勧誘のフリした俺達三人が。
子供を使ったポン引きは、深夜を回らなければ認められている。 よくポン引きのフリしてたんだ、俺達。
伝令部に配属になった下忍チームのほとんどは、そうしてたんじゃないかな。 市井でも怪しまれないし。
“おにいさん お泊まりなら玉屋へどうぞ 二食付きで リーズナブルです!”とか言いながら勧誘。
“へー それはどこの宿? この近く??”と、その女を優しく抱き直し、ゆっくりと歩く男。
俺達は潜入員の男にひたすらにまとわりついて、この町の巣である、旅館の玉屋へと先導した。
で、巣に入って開口一番に投げかけた訳だ、素朴な質問を。 里からの伝令を伝えるより前にね。
当然、ちゃんと伝令も伝えたけど、それよりも・・・・ 俺達 三人が一番疑問に思った事を聞いたんだ。
“どうしてあんな人目のある店の中で、わざわざ殺す必要があるんですか?”と、危険な行動の理由を。
その答えが、伝令部だった俺達 スリーマンセルの道を決めたんだ。 潜入員を目指すぞ! ってね。
『クスッ! 君達 下忍の目から見てもそう思うだろ? だからだよ。 ・・・・・ピンとこない?』
『『『???』』』
『まず事実として。 この女は、おれを籠絡しに来た他里のクノイチで、おれは疑われてたんだ。』
『む! 潜入員だとバレそうになったから、殺したのは分かりますよ!』
『私達が知りたいのは、なぜ人目の多い場所で殺したか、って事です!』
『誘惑されてたんなら、二人きりになれるチャンスはいくらでも・・・・』
『あははは! もし二人きりになったら、おれの方が殺されてたよ。』
『『『?!』』』
『人気のある所では襲わない、その先入観が“隙”というんだ。 気の緩み、ってヤツ。』
『『『・・・・・・・・・・・。』』』
『どんな強い忍びでも、相手に隙を見せた時点で終わり。 実力で行くと彼女はおれよりも上だよ。』
『『『中忍のあなたが・・・・ 上忍・・・・ の・・・ クノイチを??』』』
『そう、おれら潜入員は実力で勝てない相手を殺す事が出来るんだ。 運が良かったらな?』
『『『 !!! 』』』
自分達より実力が上の人間を殺せる・・・・ それをクスリと笑って“運が良かったら”と彼は言った。
運が良かったらじゃない、あの場所を選んだのは彼。 そうやって生き残って来たんだと確信した。
こんな戦い方があったのか。 戦場で敵と戦いこそしないが、そこにはまぎれもない己の命のやり取りが。
今でもあの衝撃を忘れないよ。 だからこそ俺達はその後すぐ、潜入部隊への転属を三代目に直訴したんだ。
悪く言えば中の上、良く言えば癖が無い。 三人とも、決して突出した才能があった訳じゃなかったから。