絵画は語る 6   @AB CDF GHI JKL MN




里長ウズキさんの話を聞いて、いてもたってもいられなくなった。 早く会いたい、会ってみたい!
こっそり夜中に抜け出して、前回、奏宴の忍びが雪豹の姿を見たという山中にやって来た。
警戒心が強く、忍びを見るとすぐに逃げてしまうらしい。 民はその存在を、精霊だと思っているとか。
目にする事すら出来ないのなら、そう思っても不思議じゃない。 でも確実にこの山に住んでるんだ。

「口寄せ獣なら大きいんだろうなぁ・・・・ あの黒豹とどっちが大きいだろう。」
「アンタの行動なんてバレバレだ。 このアタシを出し抜こうなんて千年早い!」
「え?! あ! アズサさん!! あの、コレはその・・・・ 下見に・・・・。」
「・・・・単独行動なんて、冗談じゃないよ。 アンタ、アタシを殺したいのかい?」

俺の口寄せ獣だと説明したら、里長が藁のバケットを用意してくれた。 中にはちぎった和紙が一杯。
文鳥用の、つまりアズサさんの寝床。 柔らかな色彩の和紙に埋もれると、白い文鳥の可愛さは倍増。
アズサさんも気に入ったらしく、プックリと胸羽を膨らませて眠っていた・・・・・ はず、だよね。
朝までには戻るつもりだった・・・・・ 文鳥の姿なのに、凄く怒ってる気がするのは、なぜ?

「アズサさんが、やすやすと殺される訳ないじゃないですか、それに変化を解けば・・・・」
「そうじゃない!! ・・・・アンタの恋人は誰と誰だい?!」
「カカシさんとテンゾウさんです。」
「そう、あのふたりだ。 アンタに何かあるとアタシが殺られる、そんなのゴメンだね。」
「・・・・・・・・。」


忍びが奏宴の里の人達だけとは限らない、国外なんだから。 俺、平和ボケしてるな。
アズサさんは遠回しに注意してくれたけど、あのふたりなら、目を吊り上げて怒りそう・・・・。
心配かけちゃったな。 仲間に心配かけちゃダメだろう、俺。 う、今なんか母ちゃん思いだした。
そうか、アズサさんって、俺の母ちゃんに似てるんだ。 口は悪いけど、面倒見が良かった。

「そ、そんな落ち込むんじゃないよ! アタシが悪いみたいじゃないか!!」
「・・・・ふふふ、あははは。 アズサさん、ご心配おかけして、申し訳ありませんでした。」
「あぁ? なんだい、今度はエライ素直に・・・・ アンタといると力が抜けるよ、まったく・・・・。」
「あははは・・・・は?!  ア、アズサさん・・・・ 俺の・・・後ろ、に・・・・・・

今は文鳥の彼女。 ちっちゃくて可愛いけど、これから心の中で、母ちゃんと呼ばせてもらおう。
引き返そうと思ったその時、俺の手に触れるモノがあった。 柔らかくて温かな体温も感じる。
気のせいじゃないなら、これは生き物だ。 短毛の、大きな獣が・・・・・ 俺の後ろにいる!
まさか・・・・ アズサさんには見えないのか?! こんなにはっきり、存在を感じるのに?!

「アンタの後ろが何だって?? ・・・・何かいるってのかい?!」
「見えませんか? ・・・・たぶん・・・・ 大きな獣が・・・・」
「・・・・・・わかった、変化を解く。 そこを動くんじゃないよ?!」
「あ、待って下さいっ!! 攻撃しちゃ駄目です! 襲うつもりなら、もう俺は食われちゃってます!」

そう、さっきから俺の後ろにいるだけで、動かない。 お腹は空いてない様だ、食われてないから。
なんだろう・・・・ 手を少し動かしてみる。 わぁ・・・・ 上等の絨毯みたいだ・・・・。
俺がそっと撫でてみても、嫌がらない。 けど、振り返ったら逃げて行きそうだな・・・・。
・・・・・うぅ・・・・でももうダメだ、我慢できない・・・・ 思いっきりスリスリしたいっ!!

ゴメンッ!!
グルルルル・・・・・
「っ!!!」

俺は目を閉じて、振り向きざま獣に抱きついた。 アズサさんや俺が気付かなかったという事は、
きっとこの獣は口寄せ獣だ。 その存在を人に知られないように、普段は姿を消してる口寄せ獣もいる。
人に関わるのが嫌だとか。 かまわれたくないだとか。 いろんな理由があって、見られたくないんだ。
だから目を閉じた。“見ないよ、見ないから、いっぱい撫でていい?”と小声で囁きながら。


「ぅわぁ・・・・ この滑らかさ・・・・ 手触り・・・・ 最高vvvv」
「イルカ、今から奏宴の里長に知らせてくる。 時間を稼ぐんだ、わかったね?!」
「・・・・え? って事は・・・・ この獣が幻の雪豹?! まじ??」
「そのままソイツにじゃれついてるだけでいい。 ・・・・得意だろ?」
「やった! アズサさんのお許しが出たよ? ・・・・顔に触ってみてもいい?」

なんて偶然の出会い! 普段、お前は姿を消しているんだね? だから見つからなかったんだ。
気配を完璧に消して、姿も消せるなんて、凄い高位の口寄せ獣だ。 ウズキさんの話では美しいらしい。
大丈夫、見ないから。 お前は姿を見られるのが嫌なんだろ? ・・・・・なんとなく想像できるよ。
お前を巡って争いが起きたんだね? 契約したい忍び達や、狩りの対象にされたかもしれない。

「お前の美しさは見かけじゃないよ、わかってる?」
グルグルル・・・・・
「そうやって争いを回避しょうとする心が、素晴らしい。」
グル・・・・
「優しいね、他の生き物にそんなに優しいのは・・・・ 口寄せ豹獣の特徴なのかな。」


ずっと前、もうずっとずうと前。 俺は黒い大きな口寄せ獣に命を救われた。 沈黙の黒豹に。
父ちゃんと母ちゃんが、死を覚悟して戦いに行くのを感じた。 痛いぐらいの力で抱きしめられたから。
追いかけたけど、大人の忍びにつかまって戻された。 そのまま、どこをどう歩いたか覚えていない。
気付いたら禁断の森に足を踏み入れていた。 様々な野生の口寄せ獣が生息する、迷いの森。
大人の忍びでないと抜けられないから、子供は近づいちゃいけない、と注意されていたのに。

ああ、ここで俺死んじゃうんだ、父ちゃんと母ちゃんのそばにいける、そう思った。 だって・・・・
真っ黒の大きな豹が、ゆっくり近づいてきたから。 でもその豹は、桃のついた枝をくわえていた。
すきっ腹に、もぎ立ての桃の実。 この世の物と思えないぐらい、おいしかった。


「ねえ、俺今、忍者学校の先生なんだよ? 助けてくれたから。 俺もいっぱい人を愛するよ?
 口寄せ獣なのに、情の深い温かい獣・・・・。 お前達豹に、人間が負けちゃ駄目だよな?
 ありがとう。 あの時泣くばかりで、ありがとうって言えなかった・・・・ ありがとう・・・」

わかってる、この豹はあの豹とは違う。 でも、聞いてほしかっんだ。 肌触りが似てるこの獣に。
思いっきり抱きしめて、あの時言えなかった言葉を言いたかった。 その気高い心と深い愛情が大好きだと。