首輪を握る者 10   @AB CDE FGH JKL MN




サクヤを殺るのがおれなら確実にセンを助けられた。 技量云々を言ってる訳じゃないんだ。
木の葉からの刺客が任務遂行だけを目的とする忍びなら、センの存在は任務遂行の邪魔になる。

サクヤの首を落とす前に、先にセンを殺す。 後で殺す場合は、暇つぶしがてらセンを犯す時だ。
木の葉隠れは情に厚い忍びが多いから、そういう忍びは少ないと思うが。 情に厚い忍びも困る。
そっちのタイプの刺客なら。 まず間違いなく、センをサクヤと一緒に殺してやるだろう。

そう、どちらのタイプの刺客であろうとセンが助かる確率は皆無だ。 遅かれ早かれ殺される・・・・・

一般人のセンが、どうあがいても忍びにかなう訳がない。 隙を見て逃げ出したりする事は不可能。
本人もまた、サクヤと一緒に死にたいと思っている。 奇跡的に生き残っても、自ら命を絶つはずだ。
お前は生きろ、サクヤがそう望んだんだ、このおれの一言がなければ・・・・ センは確実に・・・・。

無事でいてくれと心から願う、だが無事でいてもセンが死ぬという現実は迫る。 頼む、逝くな、セン。
昨日サクヤに用心しろ、と言った。 昨日の今日で木の葉からの書簡・・・・ もの凄く嫌な予感がした。





「サクヤッ!! センッ!! おれだ、トキワだっ! 入るぞっっ!!」
「っ?!」
「木の葉から使役獣が書簡を届けに里へ来たんだ! お前、狩られ・・・・ っ?! セ・・・ン?」
「・・・・・・・トキワさん?」

目に飛び込んで来たセンの後姿。 瞬時に歓喜したよ、間に合った、木の葉よりおれの方が早かったと。
サクヤお前、木の葉の草に面が割れたぞ。 刺客がお前を狙って町に入って来る、逃げろ。
そう伝えればサクヤは、木の葉の手にかかるぐらいならお前が引導を渡してくれ、と言うはずだ。
なのに・・・・。 センが言葉を発した事で、遅かったと悟った。 間に合わなかったんだ・・・・。


「・・・・・・・・・・・・・。 お前、センじゃないな? そうか、お前が木の葉の刺客か。」
「はぁ。 なんでこう・・・・ あの上忍にもすぐ見破られちゃいましたよ、自信失くすなぁ。」
「なるほどな・・・・・ 高度な変化の術で騙し・・・・・・ 殺したのか? センとサクヤを。」
「・・・・・・・ええ。 ロマンチストな方でしたねぇ。 “一緒に殺してくれ”だなんて。」

そうだろうな。 サクヤがそう言い出すキッカケを与えたのは・・・・・ 何を隠そう、このおれだ。
おれが昨日サクヤを追い込まなければ。 木の葉から刺客が来ても返り討ちにしたかもしれない。
サクヤを殺すのはおれだった。 あいつを殺して・・・・ おれがセンを手に入れるはずだった。




この忍びが後始末をしたらしい。 血臭は全部、塩素系の消毒剤でかき消されている。
ここにはもう、センの遺体どころか、サクヤの遺体もないという事だ。 首は既に木の葉か。
昨日の今日だぞ? 早すぎるだろう、いくらなんでも。 どこからか、機会を窺っていたのか?
サクヤとおれ、どちらも部屋に居ない瞬間を狙ってセンを殺し、センになりすましたんだな。

・・・・・なら、どのみちセンは先に殺される運命だったのか。 サクヤと関わったばかりに。
サクヤを殺す為の道具にされたんだ。 サクヤならセンの姿に攻撃は出来ないだろうと踏んで。
なあ。 あんたのその読みは・・・・ 正解だよ。 サクヤはセンの偽物でも殺せなかっただろう。

「あなたは小鳩の里の忍びでしょう? 私が来る事を知っていて。 邪魔をしに来たんですか?」
「・・・・・・・・・。」
「残念ながら先に元賞金首を見つけたのは木の葉です。 両里間で話がついているはずですが?」
「・・・・・・・・・・・・・。」

「私をこの場で殺せば。 あなたが、じゃなく小鳩の里が、木の葉に喧嘩を売った事になりますよ?」
「それはない。 元々、おれが先にここへ来ても・・・・ サクヤの首は木の葉に渡すつもりだった。」
「・・・・・・・どういう意味です?」
「あんたがその気まで真似てる男、センが欲しかったんだ。 おれは。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」

ははは、お察しの通りだよ。 サクヤを殺してセンを手に入れる予定だったんだ。 笑えるだろう?
そうそう、あんたの変化は完璧だよ。 声も気も何もかもセンそのものだ。 喋らなければね。
・・・・・盗む? 変化じゃない・・・・ のか? オリジナルの姿写〈すがたうつし〉の術だと?
センの何もかもを真似る事が出来るのは・・・・・ その術でセンを複製したからなのか・・・・。

「この青年、話せなかったんですか?! ・・・・・・・どうりで。 速攻バレる訳だ・・・・」
「ああ、だからあんたは・・・・ 会話さえしなきゃ、センそのものだ。 まあ、仕草も違うけどな。」
「ほぼ軟禁状態のこの男に初めて会ったのが・・・ 殺す時でしたからね・・・・ 情報不足でした。」
「ははは。 ・・・・・・・やっぱりあんた、どこかで見張ってたんだな?」
「単独ですからね、なるべく楽して殺す方法を模索してただけです。」

だよな? ウチの里はまだ気づいてないと思ってたからだろう? おれが出入りし始めたのも任務だ。
ウチの里も、サクヤの生存に気付いてた。 なるべく犠牲を出さないで利用する方法を考えてたんだ。
あれだけの忍びだから、うかつに手を出せないだろう? だからサクヤの弱みを里が握ろうとした。
センを柔軟して、サクヤを説得して。 里に二人を連れて行くまでが、おれの当初の任務だった。


「なるほど。 小鳩の里はセンを盾に取り、サクヤ上忍を死ぬまでこき使うつもりでしたか。」
「ああ。 里の上層部の連中なら、必ずセンに呪印を施した。 洗脳もしただろうな、きっと。」
「・・・・・サクヤ上忍の為だけに生かされる道具に・・・・ したくなかったんですね?」
「センは昔、忍びに固執され言葉を奪われたんだ。 本人の意思とは関係なく。」
「う〜ん・・・・・ それは・・・・。 この青年にも色々あったんですねぇ・・・・。」

その顔と声で“この青年”とか“センは”とか言うな。 違和感ありまくりだよ、まったく・・・・。
あと。 センは自分の事を“私”とは言わない、 “俺”だ。 筆談する時も頭に浮かべてる時も。
一人称は“俺”だった。 ・・・・・・・・センみたいな奴、もういないだろうな・・・・。



「その術は全部がセンなんだろ? ・・・・・なあ。 あんた、抱きたいんだけど。 いい?」
「・・・・・私を抱きたいのではなく、“セン” の体を抱いてみたい、の間違いでは?」
「ぷっ! 傷心をえぐるなあ、あんた。 木の葉が絡んでなきゃ、仇のあんたをすぐ殺るのに。」


「・・・この術の唯一の弱点は、感覚を写す事。 全部をコピーする訳ですから・・・・・・」
「・・・・・センの体が喜ぶポイントも同じ、って事だな?」
「・・・・・・・・・そういう事です。 夢は三日で覚めますよ? 効果は三日ですから。」

「その三日間、おれの為に・・・・ センになってくれないか。 おれがサクヤを追い込んだんだぞ?」
「そう言われればそうですね・・・・ 楽に狩れましたから。 分かりました、貸し借りはナシです。」


サクヤの首輪にされるはずだったセン。 センじゃないセンなど欲しくなかった。 だから分かってる。
こんなのは唯の慰めだ。 センじゃない事は、こうやって話したおれが一番知っている。
でも言わずにはいられなかった。 今のおれは取り乱しすぎている、元の冷静な自分に戻る為に。

この忍びは“これで貸し借りはナシ”と言った。 ならこの三日間は、おれにとって至福の時になる。
センの全てを写した木の葉の刺客はきっと・・・・・ お前に成りきっておれを包んでくれるだろう。