首輪を握る者 6
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おれの苦悩する表情を見て、センはそっと手を握った。 おれの手からセンの気が流れてくる。
初対面の時以来、センの頭は覗いていない。 覗かなくてもセンの表情と気持ちは同じだから。
それにセンの頭の中はサクヤの事で一杯だ。 わざわざ二人の私生活を見る必要もない。
サクヤは心潜術が得意だから、よくセンの頭を覗いている。 同じ様にはしたくないのかもな。
だからセンに言ってみた。 センは忍術で言葉を奪われただけで、言葉を忘れた訳じゃない。
「セン、おれは唇を読むのが得意だ。 声は出ないだろうけど、話してみろ。」
「ぅ・・・ぁぁ・・・・っっ・・・・・ ぁ・・・ ぅー。」
「 “トキワさん 心配してくれてありがとう 俺は幸せです” ・・・・か?」
「ぅうっ!」
唇を読んでやると嬉しかったのか、センはおれに飛びついてきた。 ははは、本当に分かり易い。
軽く背中に手を回す。 センの抱き心地は驚くほどよかった。 初めて羨ましいと思ったよ。
サクヤはこの男を腕に抱く。 嘘をつかないし言葉も必要ない、自分の事だけをただ愛する命を。
名残惜しいが、即座に距離を置いた。 サクヤが後で頭を覗いた時、普通のハグに見える様に。
「ははは! セン、嬉しいのは分かるが、サクヤに殺されちまうから止めてくれ。」
「ぅー!」
「 “サクヤさんもトキワさんに感謝してる、いつも” ・・・・そうなのか?」
「んっ!」
「おれはサクヤに命を救ってもらった。 借りを返してるだけだよ。」
嘘をつかないセンに嘘をつく。 ごめんな。 忍びはこうやって平気で嘘をつく生き物なんだ。
お前のその気が心地いいよ、セン。 サクヤの愛する者でなかったら、おれがお前を囲うのに。
かといってサクヤが死ぬのを待ってても無駄だ。 センは間違いなくサクヤの後を追うから。
さっきの反応で思い知ったよ、あの世でもサクヤと一緒になんて。 センはサクヤに依存し過ぎてる。
自分の命はサクヤのモノ、そう思っているんだ。 それはセンをああいう体質にした奴の影響だろう。
きつく縛ってもらうのが大好きなセン。 雁字搦めに自分の全部を縛ってほしいんだ、命までも。
こんな男が存在するなんてな。 本当に悔しいよ、なんでサクヤと先に出会ってしまったんだよ。
遊女じゃ抱き殺すのがオチ、おれも血の興奮が治まらない時は、そういう店に売り者を買いに行く。
もし店先で戸惑っているセンを先に見つけていれば、おれも迷わずに連れて帰っただろう。
暗部でも指折りの忍びだった者が里を抜けた。 里を抜けた奴が未来を掴むなんて認めない。
人をたくさん殺して来たんだよ、おれ達は。 現実から逃げた奴がどうして幸せになれる?
・・・・そんな事、今も里で血にまみれて戦ってる仲間に対しての侮辱だ。 許せるはずがない。
・・・・おかしいじゃなか。 おれは里の暗殺部隊の忍び、嘘が何よりも得意なはずだろう?
現にさっき、今更逃がしたところで無駄だと知ってて口走った言葉は、逃げろ、だった。
どうして言えないんだ? センを連れてサクヤが里に戻ってくれたらいいのに・・・・・ と。
そうだ、いい事を思いついた、二人の未来を約束できるぞ! とばかりに、こう続けるだけなのに。
『サクヤは戦死だとされていて抜けたとは思われていない、記憶が飛んでいた事にすればいい。
暗殺部隊の中でも優秀だった忍び、そのサクヤが生きていたと知ったら、仲間や長は喜ぶぞ?
きっとセンの事も大歓迎だ、サクヤの愛する者だから。 おれとの誤解もちゃんと解けるしな?』
そしてセンの顔を見ながら、これでおれもサクヤに睨まれずに済むだろ? と笑って締めくくる。
たったこれだけの事だ。 これだけの会話をすればサクヤに伝わり、一も二もなく話に飛びつく。
なのになぜ言葉が出てこない? ・・・・・そうか、サクヤの首輪にされるセンを見たくないのか。
センがセンでなくなるぐらいなら、今のセンのまま死んだ方がいいと思っているんだ、おれは。
・・・・・ひょっとしたら。 己の死を偽装するほど忍び稼業に嫌気がさしているのなら。
サクヤは話に飛びつくどころか・・・・ センと一緒に殺してくれと、おれに頼むかもしれない。
おれにはサクヤを殺すほどの実力はないが、自分からそう言ってくれるなら、十二分に殺せる。
「・・・・・・まあ、今すぐどうこう、っていうのはないだろうけどな。 おれの情人らしいし?」
「・・・・・・・くふっ! くすくすくすっ!」
「センは平気か? そんな誤解されてても・・・・」
「ふふふふっ! ・・・・あぁうぁ・・・ ・・・・・んー ぅ?」
「 “昼間っから白粉の匂いをさせている人です、誰も信じませんよ そうでしょう?” か。」
「くふふふふ!」
「あー そりゃまー そうか、その通り。 こりゃ、一本取られたな? はははは!」
「んー んーーーー ぅっ!」
“でもトキワさんは優しい人です、サクヤさんと俺だけは、ちゃんと知っています” ・・・そうか?
そんな事はないと思うぞ? 今さっき、おれは二人の死を望んだ。 そしてサクヤを殺せば・・・・
セン、お前をサクヤから奪えるじゃないかと心躍らせた。 センを殺すフリをしてサクヤだけを殺す。
そしてこう言うんだ“サクヤはお前の未来をおれに託して一人で逝った、わかるか?”と。
センはおれを信用してる。 サクヤはおれにならお前を任せられると言い残した、そう言えばいい。
里を抜けた裏切り者なんかには必要ない。 今も血みどろで戦っているおれにこそ、必要な命。
・・・・サクヤの首輪は間違いなくセン。 だけど首輪の鎖を握るのは里じゃない、このおれだ。