首輪を握る者 9
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町の真ん中にある蓮池には、鯉や亀などが棲んでいて、大きな蓮の葉の上に小鳥が遊びに来たりする。
天気のいい日には池の中の銭亀も甲羅干しに来る。 じーっとしてるんだ、何時間も蓮の葉の上で。
ちょっとした町の風物詩。 サクヤに飼われているペット君の俺も、その光景を気に入っている。
その銭亀の中の一匹が、実は忍亀だったりする。 あの池で待機してくれてるんだ、この任務の為に。
腹の中の異空間に、クナイを飲み込んで隠してもらっている。 サクヤを狩れる時が来るまでね。
本当ならサクヤが外出してる隙に取りに行けるけど、でも今回は第三者のトキワが間に入って来た。
俺が一人になる時間が無くなってしまったんだよ、サクヤが外出中に留守を頼んだから。
でも。 これでやっと動けるよ、トキワが仕掛けてくれたからね。 サクヤの不安を煽ってくれた。
部屋の窓から楽しそうに蓮池を眺める。 甲羅干しをしている銭亀を穏やかにセンが見つめる。
あの亀さん、家で飼えないかな・・・ そう思いながら、俺の頭をサクヤが覗いてくれるのを待つ。
「お前は特に亀甲縛りが好きだからな。 亀が欲しいのなんて、見てれば分かるよ。」
「・・・・・んふ! くふふっ!」
「はははは! オレとセンの相性は抜群だ。 お前はオレの為に産まれて来たんだ、セン。」
「ふぅ!」
「・・・・・・・・よーし。 あの池の亀、捕って来てやる。 一緒に育てよう。」
「っ?! ぁぁぅ・・・・・ ん!」
「そうか、そんなに嬉しいか。 ちょっと待ってろ? すぐだから。」
「ぅっ!」
ありがとう、そう言ってくれると思ったよ。 そうやってサクヤが部屋を空けてくれるのを待ってた。
俺は窓の下を覗いてお見送りだ。 小さく手を振るセンに、上を見上げてサクヤも手を振り返す。
端からみれば、どこにでもある恋人達の時間。 でもこれ、池の忍亀に合図を送っているんだよね。
部屋まで時空間移動して来て下さい、っていう仕上げの合図。 クナイを腹から出してもらう為に。
そして。 大蓮の葉の上でじっとしていた普通の銭亀を捕えたサクヤが、嬉しそうに戻って来た。
セン、こいつの名前を考えよう、今日はこいつとお揃いに縛ってやるからな。 そう言いながら。
「お帰りなさい、サクヤさん! 小さな亀ですね、可愛い!」
「っ?! ・・・・・・・・お前・・・・・ 誰だ?」
「くす! 嫌だなぁ、あなたの愛する恋人を忘れるなんて。」
「・・・・・・・・・・セン・・・・・・」
「・・・・覚えてるじゃないですか、もう! そうですよ、私はあなたのセンで・・・・・」
「黙れ。 お前はオレのセンじゃない。」
「・・・・・どうしてわかったんです? 私は相手の姿形、声や気配まで写せるのに。」
「お前に教えてやる義理はない。 そうか、オレが出ていくタイミングを見計らって・・・・・」
「でもこの一般人のままでは到底あなたに勝てないですから。 出直してきます。」
「待て。 写すと言ったな? センは、オリジナルの人間はどうした。 ・・・・殺したのか?」
「ええ、あなたの恋人になって隙を作るつもりでしたから、早々に。」
「・・・・・・・・・。」
サクヤの顔から血の気が失せた。 俺の死を悟った様に両目を閉じている。 でもまだ動けない。
自身の口から生を放棄する言葉を聞くまでは。 今この瞬間に、仇の首を跳ねるかもしれないから。
殺すなら殺してもいいですよ? ただし、あなたに今のこの姿の私を殺せれば、の話ですが。
あなたは暗殺部隊にいた優秀な忍び、殺す気ならもう私を殺していますよね? 何が望みです?
もう称えられる事もない忍びの過去の栄光を刺激する。 あなたの頼みなら聞いてあげますよ、と。
「実は私、あなたに変化してたんですよ。 絞められてるのに嬉しそうでしたねぇ・・・・・」
「・・・・・・オレに・・・ 変化して・・・ センを殺したんだな?」
「反抗する意思でも奪っていたんですか? よく躾けてたんですね。」
「・・・・あいつは忍術で縛る必要なんてない。 そうか、なら喜んで逝ったんだな・・・・」
「・・・・・・・・・。」
「なあ。 見たところお前、他里の賞金稼ぎだろ? ・・・・・いいぞ、オレの首をやる。」
「やっぱり。 覚悟を決めた眼をしていたから、何かを要求するだろうと思っていました。」
「その代りオレの体の一部でもいい、センと一緒に埋めてくれ。 側にいてやらなきゃならないんだ。」
「分かりました。 そんな事、お安いご用ですよ。 その首の価値に比べれば。」
「・・・・・・・・・・あと、この銭亀も一緒に。 ・・・・あいつに約束したから。」
「・・・・くすっ! 小鳩の里にこの人ありきといわれた忍びは、ロマンチストなんですね?」
「言ってろ。 ・・・・・頼んだぞ? 取引だ。」
「はい。 サクヤ上忍、あなたの過去の偉業に誓って、お約束します。」
「・・・・・っふ。 人殺しが偉業か・・・・ まあいい。 セン、待ってろ、今逝くからな。」
唯一の武器、忍亀から受け取ったクナイで一閃する。 何人もの元暗部をこうして葬ってきた。
相手の頸動脈か大腿動脈を切断して殺すのは、少しの間だけど看取ってやれるからなんだ。
失血死を迎えるまでの一分弱。 その間に、俺がターゲットに出来る最後の仕事をする為だ。
本来は俺が足元にも及ばない忍びだった。 その命をもらったお礼に、センとの思い出をあげる事。
「 ・・・・・・・・・・・。 “嬉しい、これでずっと一緒ですね、サクヤさん” 」
「ぐっ!! あん、た・・・・・ 結構・・・・ いいヤツだ・・・・ っ、な・・・・・・・」
「 ・・・・・約束は守ります。 誇り高き小鳩の里が元暗部に誓って。」
「ぁり・・・ が・・・・ と・・・ セ・・・・・・・ っ・・・・」
「・・・・・・・・・・・・。」
小鳩の里の抜け忍サクヤは、元暗部だった上忍。 あなたの首は、確かに木の葉が頂きましたよ。
・・・・・・・・? そのまま里に帰還、ですか?? あははは! マイト上忍の誕生会に呼ばれてる?
くすっ! お疲れ様でした、どうぞこの後はご自由に。 今回は邪魔が入って長引きましたからね。
この任務の間中、俺のクナイを腹の中に隠してくれていた忍亀さんは、マイト上忍の誕生会に行くらしい。
そうだ忍亀さん、ついでで悪いんですが。 帰り際に一番近くの巣から伝令班を呼んで下さい。
異空間移動できるあなたなら、ほんのちょっと寄り道するだけでしょう? はい、これ好物の麩菓子。
お安い御用だとばかりに、もしゃもしゃと麩菓子を頬張りながら、忍亀さんが一足先に帰還した。
昨日、仕事から帰ったサクヤに不安の種を植え付けたよな? まさかその翌日に殺してるとは・・・・
さすがのあんたでも思わないだろう。 きっとトキワは今頃、自分に相談してくる二人を想像してる。
いろんなパターンの暗殺方法を考えているんだろうな。 確実にサクヤとセンを狩れる方法を。
これで一安心だ。 トキワは俺がサクヤを狩った事をまだ知らない。 先手を打つ、って言ったろ?