首輪を握る者 2
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我が目を疑った。 一年前戦死したはずのサクヤが、生きてこんな所に身を隠していたとは。
他人の空似じゃない、確かにサクヤだ。 里に戻って報告をするべきだと頭では分かっている。
だがおれは報告を躊躇った。 どうしてだか、昔助けられた事がふいに頭を過ったからだ。
まだおれしか知らない。 暗部だったサクヤの素顔を知っているのも、ごく限られた者だけだ。
このまま見て見ぬふりをするのが、一番いいのかもしれないな。 借りを返すという意味では。
だが二度目はない。 今回は見逃したが、もしもう一度見かけたら、その時は必ず里に報告する。
この町に住んでいるとは限らない、たまたますれ違っただけだ。 そう言い聞かせて見逃した。
だがすぐに二度目が訪れるなど、さすがに予想していなかった。 里を抜けた忍びが定住するなよ。
いや、違う・・・・ サクヤは自分の死を装った。 別人として暮らしていたんだ、この町で。
一度は見逃した、あれで貸し借りはナシだ。 恨むなら、平穏を求めた己の弱さを恨むんだな。
里に戻ってサクヤの事を報告した。 だが返ってきたのはため息と眉間のシワだけだ。
優秀な暗部だった。 追い忍を向けても仕留められるどころか、返り討ちに合う確率の方が高い。
けれど里やおれ達を欺いたサクヤをこのままにしてはおけない。 あいつは抜けたのだから。
「簡単に言ってくれる。 奴の実力は同じ暗部のお前が一番知っているのではないか?」
「それは・・・・。 しかし長・・・・・ 死んだのではなく生きていたんです。」
「今のところ、情報を持っているのはお前だけか・・・・ どうだろう、説得はできまいか。」
「?! 己が死を偽装してまで里を抜けた事を・・・・ 不問にすると?!」
「・・・そうではない。 奴は町に定住していると言ったな? 何か理由があるはずだ。」
「サクヤの弱みを探ってこい・・・・・ そういう事ですか?」
「奴を殺すのは一苦労だ、ならば自分から里に戻りたくなるようにすればいいだけの事。」
死んだものと思い探しもせず悪かったと、下手に出ればいいのだ。 里抜けだと思っていないと。
戦闘の後遺症で一時的に記憶が飛んでいたなら、己が忍びである事も思い出せなかったはずだ。
思い出したところで、もう自分は死んでいると思われていた、故に言い出せなかったのだろう?
そう先手を打って逃げ道を作ってやれば、サクヤはその話に必ず便乗してくると里長は言った。
確かにそうだろう。 少しでも里抜けを後悔しているなら、一も二もなく話に飛びつくはずだ。
だがおれは知っている。 サクヤはあの町で、ひっそりと一人暮らしをしている訳ではない。
大き目の紙袋を持っていたから。 今まで見た事もない穏やかな顔つきで大切そうに抱えていた。
「・・・・・もしかしたらですが。 ・・・・おれ、弱みを知っているかもしれません。」
「ほう? ・・・・よし、奴の事はお前に任せるとしよう、トキワ。 説得を試みろ。」
「・・・・・御意。」
説得を試みろ、か。 表向きはそうやって里に迎えるが、実際は脅しだ。 サクヤの弱みを利用する。
おれ達忍びの弱みとは愛する者の命。 血を分けた家族や家族同然に育った者、情を交わした相手。
その何にも代えがたい命を上層部が柔軟する。 もし再び里を裏切ればこの命の保証はないぞと。
どこの隠れ里もそういうもんだろう。 そうやって忍びの首に見えない首輪をつけて鎖を握る。
どこかで拾ってきた純粋な子供か、前から囲っていた女か、生き別れの肉親を探し当てたのか。
とにかく相手が誰であれ、弱みになるなら探らせてもらおう。 正直、今でも信じたくはない。
おれより先に暗部入りしてて真面目で任務にも忠実だった。 そんな男がおれ達を騙して抜けたなど。
任務先の戦地で死んだと聞かされた。 サクヤのいた一個隊は敵の増援部隊の夜襲で全滅したと。
・・・・全部が嘘だったと言うのか。 里に自分は死んだと思わせて、その上で里抜けをした?
もしかしたらあの一個隊全員で里抜けを計画したのかもしれない。 そんな考えも浮かんだ。
「・・・暗殺部隊にいた男が里を抜けて生きている。 これはおれ達仲間への裏切りだ。」
死んだままにしておけば良かったと? いや、おれが里に報告しなくても、いつかは誰かが報告した。
自分の顔を知る者は少ないから安全だとでも思ったか。 一つ所に留まる抜け忍に平穏は訪れない。
おれの実力は残念ながらサクヤより劣る。 あいつを責め威圧的に話をするのは得策とは言えない。
だからサクヤの隠している弱みを暴き出すんだ。 里でずっと一緒に暮らせばいいと吹き込む。
もう既に見つかっている、遅かれ早かれ誰かがお前の愛する者を攫いに来るぞ、と心配してみせる。
里の為に戦う忍びに戻れ、暗部でも上位にいたその腕をみすみす捨てるのかと、説得するんだ。
おれだけはお前の味方だからなと同情してみせれば、サクヤも話ぐらいは聞いてくれるだろう。
その後、そいつに呪印を施すか洗脳するかは分からないが。 弱みを握るのは上層部の役目。
おれの役目は説得だ。 サクヤとサクヤの惚れた者に接触し、ヤツらの信用を勝ち得る事。
おれに騙されたからと言って逆上するなよ? 先に里と仲間を欺いたのはサクヤだ。 そうだろう?