首輪を握る者 1
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まさか、引き上げる寸前だった刺客に“首輪を買いに行きたいから待っててくれ”とは言えない。
部屋をあさってみたら、やっぱりあった。 縛りが大好きなセンの為に、サクヤがそろえた紐が。
その中にあった未使用の真新しい赤い紐を、センの首に巻いた。 即席の首輪だ、おれの為の。
何時でも逝く覚悟が出来ていたセンと、もしもの時はセンを連れて逝こうと思っていたサクヤ。
もしかしたらこの紐は・・・ 誰かに二人が追い詰められたら使うつもりの紐だったのかもな。
目覚めるまでは、おれだけのセン。 おれの片腕にしがみついて安心したように眠っている。
首輪をつけているセンの寝顔をずっと見ていた。 どこまでもおれを信用しているらしい忍びの。
確かに、暗殺に協力してやっただろうとは言ったが、ここまで律儀に借りを返してくれるとはね。
対象の全てを写せる術だと言ったな? あんたにも本物のセンの優しさが移ったんじゃないか?
センの命を奪った木の葉の忍びだ、おれは己を制御できずに首を跳ねても不思議じゃなかったのに。
怒りは一向に湧いてこず、抱きたいと思ったからな。 本物のセンがおれにかけた情けだと思いたい。
おれ達 忍びがたった一人を欲したら必ず弱みになる。 暗部は特に敵だらけ、標的にされるのがオチ。
サクヤの様な抜け忍なら、里がその弱みを利用する。 全部分かってて手に入れるのは至難の業だよ。
相当の覚悟と強さがなければ、まず無理だ。 センの為なら喜んでその険しい道を歩くと決心した。
サクヤに依存して生きてると知っていながら、それでも。 おれが愛した男は、もういないんだな。
・・・・・。 頭では分かっていた。 センとこいつとは別物だと。 しかしなぁ・・・・ はぁ。
いや、これでいいんだ。 でないとおれは、この忍びを拉致して術を固定してしまうぞ、きっと。
百年の恋も一時で覚める、か。 誰が言ったか全くその通りだよ。 センのいない現実を痛感する。
でも。 ありがとうの言葉はおれの本心だ。 木の葉の刺客に対して、この二日間の感謝の言葉だ。
白旗を上げたのも。 里の事を考えたら当然の決断といえばそれまでなんだが、冷めたくなかった。
明日のいつになるのかは分からないが、その術の効果が切れる瞬間を見たくないんだよ、おれ。
「ああ! 幻滅するから? トキワ上忍もロマンチストですね、意外と。」
「・・・・意外は余計だ。 男は皆、ロマンチストだと思うぞ?」
「そうでしょうか? ちなみに私も男ですが。」
「・・・・・・・・。 あんたは別。 そういうのをクイモンにしてるんだろう?」
「あははは! その通りですね。 皆さん、隙を作って下さるから楽です。」
「狩り専門の忍び、心理戦はお手のもの、ってか?」
「ガチでやりあったら、私は勝てませんもん。」
そうだな。 だけどおれもあんたに勝てる気がしないよ。 戦いは戦意を喪失した方が負けだ。
先に音を上げたのは紛れもないおれ。 偽物でもいいと、妥協しそうな自分を感じて焦った。
ロマンチストの男の頼みだと思って聞いてくれ。 後ろを向いたら、出て行ってくれないか?
「くすくす! 分かりました、了解です。」
「もしかして・・・・ あんたの首輪の鎖は里が握っているのか?」
「・・・・いえ、里ではなく・・・ 私には勿体ないぐらいの飼い主が。」
「そうか。 可愛がってもらえよ? 生きてるうちに、たくさん。」
「それはもう。 ・・・・・・・トキワ上忍、お元気で。 小鳩の里の長に宜しく。」
「ん。 そっちもな。 火影にくれぐれもよろしく伝えてくれよ。」
おれはゴロリと寝返りを打ち、壁の方を向いた。 出ていく瞬間など見ていなくても気配で分かる。
・・・・・言い訳だな、これも。 引き止めそうになる衝動を起こさせない為の、自己防衛だ。
おれに残ったのは、センの体だった首に巻いた赤い紐。 これだけはこれからも現実におれの物。
一度は立ち去りかけた木の葉の忍び。 何を思ったか、おれの背中から肩口に唇を当てた。
唇の動きを読め、という事らしい。 “トキワさん、いつも俺を守ってくれててありがとう”か。
・・・・・これはセンの言葉なんだな? あんたが作ったセンじゃなく、生きていた頃のセンの。
なあ、あんたは借りを返したはずだろう? もうセンのフリはしなくていいと言ったのに。
どこまで情に厚いんだか、と本気で感動しかけたおれに止めが。 さすがは狩り専門の忍び。
“こんな簡単に敵に背中を向けるモノじゃありませんよ?”なんて、続けざまに言いやがった。
「・・・・お互い様だろう? それは今朝のあんたも同じ、すかり気を許して寝てただろうが。」
「あははは! 引き分けという事で! では!」
「・・・・まったく。 ・・・・・・あの男、ロマンスとは一生縁がないんじゃないか?」
本物のセンとは似ても似つかない偽物のセンが出て行った。 おれはベッドに入ったままだ。
もうしばらくはこのままでいたい。 どうせ明日になったら、嫌でも里から処理班が来るんだ。
元里の忍びだった男。 その持ち物や財産は全部、小鳩の里の所有物。 里が没収する、それまでは。
おれの事を義理堅くて優しい忍びだと思っていたセンは。 幸せだと、いつも感謝をしてくれた。
偽物が背中に伝えた言葉は、偶然にも本物のセンの言葉。 センの唇がセンの言葉をくれたんだ。
これでおれに残ったものが二つになったな。 この赤い紐と、本物のセンを忘れない気持ちだ。
・・・・・・・・っ。 ふっ ・・・・・・っ。 なんだこれ・・・・ 涙・・・・・ か?
もう何年も人の為に泣く事なんか忘れていた。 まいった・・・ おれを泣かせた男はお前だけだ、セン。