真実を抱きしめる 1   ABC DEF GHI JKL MN




人は見かけじゃないってよく言うけど、あれは嘘ね。 会社の重役の姉さんは、美人だから得をしてるわ。
突出した才能がある訳でもなく美人でもないけど、控えめで気が利く妹は、早くに嫁いで家を出て行った。
容姿も成績も中の下、人との会話もあんまり上手くない。 普通を絵に描いた様な平凡な女、それが私。

このままずっと家にいてフラフラするのは良くないって分かってるけど、仕方がないじゃない。
誰も私に見向きもしないんだから。 居ても居なくても一緒なのに、生きてる分だけ、お金がかかる。
家はそんなに裕福じゃないし、この先両親も老いていく。 女ばかりの姉妹は、全員が家から出て行く。
私に関しては出ていけるか分からないけど。 まあ・・・・ 両親は、稼ぎ頭の姉さんが面倒を見ると思う。

でも私は? ずっと姉さんのお荷物として生きて行くの? それとも妹夫婦にたかる? そんな訳にいかない。
だからね、この広告を見た時、これしかないと思ったの。 このまま皆の負担になるよりは、ずっとまし。
家族の負担になるどころか、世の為人の為になる事なのよ。 凄く自分が意味のある存在に思えてきた。

それに・・・・・ とっても楽そうなんだもん! 寝ているだけでいいなんて・・・・ 最高だわ!





世の中にはオイシイ話が本当にあった。 私って・・・・ めちゃくちゃラッキーじゃない??
“何でもいいから自分から行動しなさい!” って、姉さんによく言われたけど、本当にその通りだった。
思い切って行動した私・・・・ 自分で自分を褒めてやりたい。 更に私の血が人の役にも立ってるし!

ここの施設の外は、もの凄く厳重な警備体制だけど、家族の面会は許可されていて、施設の電話も使える。
中は至れり尽くせりで、生活するのになんの不自由もない。 例え外界から隔離されてても気にならない。
そう、外には出られないのよね、契約期間の一年を過ぎるまでは。 でもほんと居心地いいから、全然平気。
血液サンプルの提供と献血。 それが私のお仕事。 まあ、平たく言えば、私の血を売ってるって事。

「おはよう! 貧血にはなってない? 大丈夫??」
「おはようございます、日高さん。 はい、何も問題ありません!」
「ふふ、気分が悪くなったらいつでも言ってね? 食事のメニューを改善するから。」
「わーーー! 気分が悪くなくても、施設の食事の新メニューを食べてみたいですっ!」

この人は施設長の日高さん。 私達、血液提供者の健康管理や施設の設備管理を任されている女性。
まあ、この施設で一番エライ人、っていう事。 私達が提供した血液は、医療の輸血用として使われる。
他にはやっぱり医療関係での研究や、様々な実験に使われるらしい。 とにかく人の為に役立っているの。
夜、専用の寝台で眠るだけ。 すると朝にはもう採血や献血は終わっている。 全部、寝ている間に終了!

「ふふふ! そんなに元気なら心配はないわね? いつもありがとう、燕〈つばめ〉ちゃん。」
「私こそありがとうございます。 美味しい物食べて、ただ寝てるだけなのに・・・・・」
「でもそれがとっても大事なことなの。 燕ちゃんの血はたくさんの人を助けているのよ?」
「エへへ! はいっ!」


燕ちゃん、だって! 今まで名前で呼ばれるのが嫌だった。 私達三姉妹には、鳥の名前が付いてるから。
姉さんは雲雀〈ひばり〉で、妹は雀〈すずめ〉。 両親が、羽ばたくようにと、つけてくれたらしい。
だから名前を呼ばれる度に、私だけ羽ばたけてない、飛べない鳥だわまるで、っていつも思ってた。
でもこの施設に来て、こうやって人の役に立ってるって言ってもらえる度に、自分の名前が好きになる。

基本的に起きている間、血液提供者の私達は何をしていても自由。 外に出て行かなければ、それでOK。
でも外になんて出ていく必要がない、何でもそろっているから。 足りなくても言えばそろえてくれるし。
もう、一生ここで暮らしたいぐらい。 快適で・・・・ 元の生活には・・・ 戻りたくないのが本音。

皆が言ってたんだけど、契約更新すればいいって。 そうすれば何年だって、好きなだけここに居られるって。
私だけじゃなくて皆もそう思ってるんだな、だって本当に居心地がいいんだもん。 そう思って嬉しくなった。
だから、世の中にはオイシイ話がちゃんと存在するんだと証明してみたいけど、出ていけないからそれは無理。
それに出て行くつもりもないし。 聞いたところ長い人は、もう3年も契約更新して居続けてるそうよ?

「ここにいれば、私と姉妹とを比較する目を気にしなくて済むし! 絶対、契約更新する!」

突然叫んだ私に、日高さんはまた、ふふふと笑って、お願いするわね、燕ちゃん? と言った。 えへへへ!