命の代償 1   ABC DEF GHI JKL MNO P




「殿っ! 殿ーーーーっ!! 奥方様ーーーーっ!!!」
「これ弥平〈やへい〉。 そこまで叫ばずとも、殿も妾もよう聞こえておる。」
「殿、奥方様・・・・ よかった、御揃いで・・・・・」
「らしくない取り乱しようだの? 冷静沈着で通っておる、弥平小太郎ともあろうものが。」
「ただ一刻も早くお知らしたく・・・・ お喜び下さいっ! 朗報に御座いますっ!!」

「虎丸〈とらまる〉様の病を治せると思しき者がみつかりまして御座いますっ!」
「「なんとっ!!」」

「おぉ・・・ 我が国の隠れ里、木の葉の医療忍者でさえ治せぬ病、それを・・・・・」
「心から礼を言わせてくれ、弥平。 よう探し当ててくれたの、お主は虎丸の恩人じゃ。」
「何をおっしゃいます! この弥平、虎丸様のお役に立てて本望に御座います。」



身分のある方の婚儀とは、血判のない誓約書と同じ様なものだ。 両家の思惑が見え隠れしている。
おしどり夫婦、巷ではよく聞くこんな言葉も、要人の夫婦間には縁のないモノだと思っていい。
形だけのものだったり、水面下で画策し、時には無駄な血が流れたりする事まである。

だからと言って、必ずしも大陸中の全ての要人の婚儀が、上辺だけのモノとは限らないのだ。
数値で表すならば、95%の確率で形式上のモノだとしても。 0.5%は別物だという事。

例えば。 この国で人気を二分するほどの大名 生駒 紫様は、正妻は娶らないと豪語されているし、
現に、私の仕える錦麹〈にしきこうじ〉家の殿と奥方様は、大恋愛の末のご結婚だと聞く。
生駒家には立派な奥処があるそうだが、錦麹家には奥処など存在しない。 必要ないのだから。

要人は得てして公務で多忙を極める為、仲睦まじくいつも一緒、とはいかないのが現実。
それでも私は、巷でいうところのおしどり夫婦の様な我が殿と奥方様を、誇らしく思うのだ。
政略結婚が世の習わし、そんな中で自分たちの意思を通すなんて、凄い事だと容易に想像できる。

そんな二人にあやかろうと、城下には縁結びや恋愛成就の神社など、数多く建立されていて、
商業街を治める大津家とまではいかないが、錦麹家もそういう意味で観光産業の一角を担うまでになった。
工業に肇家、商業に大津家、観光に錦麹家、などといわれる日もそう遠くないのでは、と自負している。




が。 お二人の愛情を一身に浴びて育った若様が、ある日を境に病に臥せってしまわれたのだ。
最高峰の医療忍者の噂を聞き木の葉を訪ねるも、かつて里にいた彼女は今、行方知れずだとの事。
国中の高名な医者に診てもらったが病名すらわからず、どの医者も首を横に振るだけの日々が続いた。


「その者の名は 法師 空獏〈くうばく〉 河の国出身の高僧に御座います。」
「河の国・・・・ あの国は確か・・・ 雨隠れの里を抱えておったな。 忍びの者かえ?」
「はい、空獏殿も元医療忍者だそうです。 しかしながら戦後、放浪の旅に出て無償で術を・・・」

「力のない民の為に無償で医療忍術を施していたと・・・・ なんと高貴な志であろうか。」
「ほんに。 話を聞くだけでも素晴らしい人間性じゃ。 すぐにでも会ってみたいの、空獏殿に。」
「おまかせ下さい、この弥平小太郎。 無事、錦麹の城までお連れするとお約束いたします!」

「弥平、頼んだぞ? 世捨て人となっておられる空獏殿を、なんとしても説得してくれ。」
「今となってはもう・・・ 空獏殿に望みを託す他はない。 弥平、お主だけが頼りじゃ。」
「はっ! 必ずや。」



主が毎夜、不治の病に関しての文献を読み漁っておられる姿をみて、何ができるか私なりに考えた。
忍びの忍術や口寄せ召喚獣など、人の想像も出来きぬ力や存在が、この世の中には確かにあるのだ。
ならば。 木の葉最高峰の医療忍者以上の忍びや人物が、この大陸にいるかもしれないじゃないか。

忍びの里は、大陸に何も木の葉隠れだけではない。 他国、他里からも広く情報を集めればあるいは。
主が諦めないのに家臣が諦めてどうする。 世界のどこかに、きっと若殿の病を治せる者がいるはずだと。

そうして私が探し当てたのは、元雨隠れの里の優秀な医療忍者だったという、世捨て人の高僧だった。
雨隠れの頭首 半蔵に仕えていたが彼の強引なやり方についていけず、第二次忍界大戦後に出家。
名を空獏と改め、戦後の傷ついた力のない弱者、民の為に己が知識を無償で与えた人物だそうだ。

調べれば調べるほど、この空獏という人間がいかに素晴らしい忍びか分かった。 この人物ならばと。

だが私も大名家に仕える家臣、己が過ぎた望みを抱く者は、時として代償を伴う事があるのも承知の上。
殿と奥方様の為に。 錦麹家の為、その城下に住む主を慕う民の為に。 そして病に苦しむ若殿の為に。
おそらく命の代償は命だろうが、この命など惜しくはない。 救いたいのは、たったひとつの小さな命だ。

 

「・・・・・・・・・まだおったのか。 こんな山奥のボロ寺の門前に三日も。」
「やっと姿をみせて下さいましたな。 かつて優秀な医療忍者であったあなたを見込んでお頼み申す。」

「・・・・・・。 懐かしい事を口にするお主は、どこの忍びの里の者じゃ?」
「いえ、私は忍びの里とは関係ありません。 だた空獏殿のお力をお借りしたい者に御座います。」
「・・・・・・・・。 話だけは聞こう。 歓迎はせんがな。」
「ありがとうございます。 そう言って頂けると信じておりました。」

「なかなか忍耐強いのう、お主。 ・・・・・・どこぞの要人の家臣か。」
「恐れ入りまして。 私は火の国が大名、錦麹家に仕える家臣 弥平小太郎と申します。」
「・・・・・・・・・して。 この世捨て人の坊主に何用か。」

殿、奥方様、虎丸様、やっとです。 ついに・・・・・ ついに空獏殿にお会いする事が出来ました。