命の代償 13   @AB CDE FGH IJK MNO P




『 戦争とはいえ、己の術が奪った命の償いにはほど遠いが、諸国を旅して無償で人を治療してきた。
  再びこの術を使わせようというならば、一つ約束をしてほしい。 子供たちを集めてくれぬか。
  これからの時代を築くであろう子供たちに、ワシのもてる知識の全てを教えたいのだ、未来の為に。

  ワシはもう、いつ迎えが来てもよい年。 その前にせめて人の役に立つ事をしたいのだ。

  城で勉強するだけでは息が詰まってしまうだろう、だが若君の遊び相手をすればメリハリがつく。
  安心されよ。 なにも皆を医者にしようと思ってはおらん。 一人一人に合った知識を与える。
  そしてこの子には基礎を教えたと判断できたら、責任を持って親御さんの元へお帰ししよう。   』
 
まさか。 とても信じられない。 だが彼らの腕にあるのは紛れもない炎の刺青、木の葉の暗部の証。
では本当に空獏殿は・・・。 スタンプは子供らの息抜き用に作ってくれた玩具だとばかり・・・・。
若も交えて皆が頬や腕におしては遊んでいた。 行く行くは若の友となるはずの、あの子らの命を?

国の主要大名家に他里の忍びが駐屯する事、その危険性を知らなかったとは言わせない、と暗部が言う。
内側から崩せば強固な守りも容易い、爆薬の導火線に火をつけたも同然だと。 もう一人の暗部も言う。
空獏殿の存在そのものが計略だったのか? 感銘を受けたあの言葉も全て。 ・・・何という事だ。

木の葉最高峰の医療忍者を凌ぐ逸材がいるらしいという噂に・・・・ 藁をもつかむ思いで飛びついた。
そうか。 跡取りが一人しかいないのなら、その命を握れば城を盗れる。 つけ込まれたのか・・・。
錦麹家に庇護されていれば国内はおろか、国主の居城や火影屋敷にも出入りが可能に。 だからか。

国主や火影殿の命を狙う暗殺者の拠点となっていたかもしれないのだ。 ・・・この錦麹家が。

「その通りだ。 民や国を危険にさらした城主の責任は重いぞ。」
「既に犠牲が出てるんだ、子を失った親にどう説明するんだい?」
「・・・・・・・・・っ。」

私が訪ねたのだ、城までお連れして殿と奥方や虎丸様に・・・・ この私が城に招き入れた。
人の命の代償はやはり人の命だと聞かされた時、そんな事は百も承知だと即答した。
我が殿と奥方の為、虎丸様の為ならこの命を喜んで差し出しましょうと。 私は何という事を・・・・


「空獏殿は・・・・ 元雨隠れの里の忍びだそうです。 今となってはそれすらも疑わしいですが。」
「里への報告は雨隠れにしておくよ。 誰かさんのせいで確証はないけどさ。」
「ああ、同感だ。 カカシとテンゾウが盛ったせいだな。 ・・・・ふっ。」
「よく言うよ、まったく! それはきっかけ、死因は違うだろ?!」

「死因か・・・ そうだな、こいつの首を持って報告だ。 行くぞ。」
「ふん! 言うだけ無駄だったね。 弥平さん、城主に会わせておくれ。」
「は、はい! あの。 海野中忍は・・・・ 」
「無視していい。」
「置いていく。」
「そ・・・ そうですか。 では・・・・・」

 
虎丸様の寿命が延びるだけではなく、医療に携わる者の豊富な知識を子供らが受け継げる。
理解力があるのに学ぶ場がない子、城下にたくさんいるそういう子供らの拠り所になり得る。
空獏殿が過去の過ちを悔いて償いの場を求めているのなら、その手助けも。 誰にとっても吉報だと。

私は空獏殿に城医として滞在を願い、そして。 彼の立派な志を殿に伝え、子供らを集めた。
城に小姓として召し上げている間は食事の心配をせずとも学べるように、支援体制を整えて。
そのせいか近辺の町や村から、貧しいが勤勉な子らが集い、皆よく学んで遊び城を去った。

将来は錦麹家の為に、城内や城下で働きたいと。 どの子も皆、本当に口々に感謝していたのだ。
虎丸様はもちろん殿や奥方様、私を含め世話を焼いた城内の者が見送った、あの子らは皆・・・

「・・・・城下まで送ったのは奴だろう? なら城下を出てすぐ魂を抜いたはずだ。」
「その後は若さまの糧となったのさ。 文字通り、贄としての役目を果たしたんだよ。」
「ああ、そんな・・・・・」
「・・・・・・くっ。」

「申し訳ありませんっ!! 私が殿と奥方のお耳に噂を入れたばかりに・・・・」
「言うな、弥平。 ・・・お前のせいではない。 もとはと言えば我らのせいだ。」
「・・・そうじゃ。 我が子可愛さに道を見誤ったワラワたちの・・・・ うぅ・・・・」



贈る命とは名ばかりの禁術。 術者が死んだ事で、虎丸様にかけられた禁術の効力がなくなった。
殿と奥方様に悲報をお知らせする為に立ち寄った若のお部屋で、息絶えた虎丸様の遺体を発見。
術が効いていた時は年相応に戻っていた若々しい体も、術が解け年老いた体へと変貌していた。
だが。 細胞だけが数倍の速さで時を刻む不治の病に侵された、それが本来のあるべき姿。

病気が治ったのではなく、魂を糧として生き延びていただけ。 虎丸様の寿命はずっと前に尽きていた。
命の代償は命、自分一人が犠牲になればそれですむ、私が浅はかにもそう思い込んでいた間に。
客観的に考えれば判る。 運命を捻じ曲げて得た命だ、同等の代償で済むはずがないという事を。



腕の刺青を見せた女性と空獏殿の首を持った男性、若のご遺体を抱えた私を見て、殿と奥方様は悟った。
何かが起きたのだと。 治ったはずの若が、なぜ再びこの姿に戻り、ピクリとも動かないのかを。
そして静かに暗部の報告に聞き入っていた。 シワだらけで黒ずんだ若の顔を愛しそうに撫でながら。

「・・・・里の医療班が診断した余命を信じず、なぜ他里の忍びの言葉を簡単に信じた?」
「アンタらのとる道は一つだったんだよ。 若の残された時間を一緒に過ごしてやる事さ。」
「「「・・・・・・・。」」」

「民に・・・・・ 会わせる顔がない。 なんという愚かな城主であろうか。」
「・・・・錦麹の財をいくら使ってもよい。 亡くなった子らを弔ってくりゃれ。」
「・・・・・・親御の目録は私の部屋に。」
「・・・・心得た。」
「親父様に伝えるよ。」

ああ、そうだ。 私をはじめ殿も奥方も、虎丸様には常日頃から民を一番に考えよ、と説いてきた。
もし虎丸様ご本人がご自分の病気の事を知ったなら。 余命わずかだと知っていたなら・・・・

早老病という病気は人の数倍の速さで年をとる不治の病だが、最期まで病気と闘っただろう。
突然このように死を迎えるのではなく、年若いが錦麹 虎丸としての短い生涯を精一杯生きたはず。
次に生まれるかもしれぬ、自分のまだ見ぬ弟か妹へ文を残したかもしれない。 錦麹家の第一子として。

我が城自慢の若君は、そんな強い心の持ち主であったはずだ。 その虎丸様の誇りも踏みにじった。
殿や奥方に代償の説明もせず、道を踏み外させてしまった・・・・ 一番に裁かれるべきはこの私。

「木の葉の。 一つだけ頼んでもよいか。 弥平の事だ。」
「・・・なんだい、言ってみな?」
「弥平は見逃してくりゃれ。 この者は純粋に虎丸の身を案じただけじゃ。」
「・・・・・・・・元より承知。」
「なっ!! 殿、奥方様っ! 私もご一緒させて・・・」
「「ならん。」」
「っっ!」

「弥平、そなたは錦麹の城に・・・ いや、火の国に必要な人材だ。 これは遺言ぞ。」
「次の城主を導くのじゃ。 身分が上でも、時に厳しく。 いつのも様に・・・ な?」
「うぅ、殿・・・・ 奥方様・・・・ 二度と・・・ 同じ間違いは致しません、もう二度と。」
「よう言うた。 それでこそ我が一の家臣、弥平小太郎ぞ。」
「弥平、この城の者の助命、国主と火影殿に嘆願せよ。 よいな?」
「はいっ、・・・っっ!」

 

「・・・民に嘘をつく。 錦麹一家は他里の忍びに狩られた、って事にさせてもらうよ。」
「火影殿といい、木の葉の忍びはなんとも・・・ いや、あえて言うまい・・・ 感謝する。」
「潔く自害したいだろうがさせん。 ・・・・最期まで民が慕う大名としての役目を果たせ。」
「木の葉の忍びがおれば、火の国は安泰じゃの。 それぐらいの業、喜んで背負うぞ。」

「他里の忍びの策略に嵌り、城内に危険分子を庇護した罰だ、覚悟はできてるね。」
「錦麹が城主夫妻、未来を担う罪なき子を多数犠牲にした罪、その死をもって償え。」
「あの世で子共らに詫びよう。 ・・・お別れじゃ、弥平。 先に逝っておるぞ?」
「煩わせてすまんな。 ・・・・我が城に過ぎたるもの二つあり、城下の民と弥平小太郎。」

「氷遁っ!! ・・・・斬っ!!」
「斬っ!! 火遁 大煉火の術、気化っ!!」
「 つっっ!! ・・・・っ、ぅぅ、殿っ・・・・ 奥方様っ・・・・ ぅ、ぅ・・・」



瞬時に。 凍った首からは一滴の血も出ず。 こんな・・・ 敬意すら感じる斬首は見た事がない。
暗部は殿と奥方の首を斬りおとすと同時に巻物で覆った。 三人の亡骸に近寄ろうとした私を牽制。
死ぬまで民に嘘をつき通せ、慕っていた主の死顔は一生拝ませない、それがお前の罰だと言わんばかりに。

若の遺体を抱きしめたお二人の胴体が気化する様を、私はただ見ていた。 己が招いた最悪の結末を。

愛嬌のある海野中忍の様な忍びもいれば、彼らの様な忍びもいる。 これが我が国の隠れ里の仕事。
ならば大名家一家臣としての努めは一つ。 どんな生き恥をさらそうとも、二度と同じ過ちを犯さぬ事だ。