命の代償 7   @AB CDE GHI JKL MNO P




火の国の大名の中でも錦麹家は人気が高く、城下町の建物は、縁結び関連であふれている。
なんでか。 それは錦麹の殿と奥方が、要人には皆無に等しい一夫一婦だから。 単純明快な理由。
でも若様に万一があれば、錦麹の殿と奥方がいくら拒んでも、国主が重い腰を上げる可能性がある。

三代目の危惧しているのはこれだと、直感で思ったんだよ。 避けられない事というのは子種問題。
人工授精か奥処の設置、どちらかの選択を迫れば、100%錦麹の殿と奥方はいい顔をしないだろう。
仲睦まじい城主にどちらかを了承させる事はかなりの憎まれ役。 でももしもを考えるなら・・・ね?

血統が最優先事項の大名家。 懇願に近い国主からの説得要請を、辛い面持ちで待っているんだと。
気持ちはわかる。 国内でも有数のおしどり要人夫婦、そんな二人に水を差す事になるんだぞ?
誰が好き好んで無粋な真似をしたいと思う? でも由緒ある大名家なら視野に入れておくのも事実だし。

だからただ待つのではなく、書簡で前もって知らせておけば城主も心構えができるってもんだ。
もし国主から呼び出されてそんな話が出たり、それで木の葉が介入する事になったりしても。 だろ?



ついこの前、若君の重い病が治ったばかりだと。 順調に回復して今では元気一杯だそうだ。
錦麹様に面会して三代目からの書簡を渡した時に、殿と奥方が嬉しそうに話しかけて下さった。
ただの配達忍の俺にだ。 “火影は忍びと言えど仁徳の御仁、木の葉はまこと火の国の要ぞ”って。

火影直筆の書簡、内容を盗み見るなんて絶対にしない。 でもその言葉でなんとなく想像がついた。
若様の容態に対する励ましの言葉や、要人であるお二人を説得する旨が書かれていたんだろう。
ほんと、届けてよかったな。 まあ、頭では解っててもいざとなればどうするかは・・・・・ あ!

城の跡取りである若君が病を克服したのなら、錦麹様は断固強気に出る事もできるじゃないか。
今や縁結びの名所として知名度が高い錦麹家の城下町。 民の期待を裏切る、とか何とか言って。
三代目の嫌われ役は、錦麹様が駄々をこねれば当分先になる。 いっそ出番なしってのも有りだな。


さっき家臣の人に頼んでみたら、貝印のスタンプを押してもらえた。 報告書が華やかになったぞ!
俺の見たままを書く。 錦麹家の夫婦仲は至って良好、若君も健やかにお過ごしです、と。
円満な要人の様子、跡取りを甘やかさない家臣の毅然とした態度、活気ある城下町、それから・・・・

「おーい、鷹丸ー!  ・・・・っと。 よーし、OK。 なるべく急ぎで三代目まで頼むな!」 



・・・・・・・こんな事ってあるか? 配達に行ってただ幸せそうな城内の様子を伝えただけなのに。 
貝印のスタンプは、命のやり取りをする禁術【贈命呪印〈そめいじゅいん〉】の生贄の印だった。
落ちない訳だよ、呪印じゃな。 俺の目線の先にあるのはそう、パカリと口の開いた二枚貝の刻印だ。

「ちょいと! 自分の腕を恨みがましく睨んでも仕方ないだろ?!」
「ソウソウ。 済んじゃったコトは済んじゃったコト。 ・・・でショ?」
「それより、いざ大名家を潰すとなったらいろいろ裏工作をしないと。」
「・・・・・・・使えるぞ。」
「「「「??」」」」

裏工作か。 そうだよな、暗部が来たけどターゲットは大名家だ。 色々大変なんだろう、公表が。
この速さで暗部が召集されたんだから、きっと国主にも事後報告になるだろうし。 大変だなあ、火影様は。
・・・・・・・は? え? 何です?? 囮?? 誰?? ・・・・・・・・・まさか俺?!


「ウン、カオルにしては上出来だーヨ。 ソレ、イタダキ!」
「・・・・“にしては”は、余計だ。」
「アズサさんの羽織も。 今回は小細工に積極的ですね?」
「やめとくれよ! この賭印の羽織を着る身にもなってみなよ!」

「アハハ! よくみつけたよネー? 趣味は微妙だケド。」
「まったくだよ、綱手姫の為じゃなかったら誰がこんな・・・」
「役に立っただろう? 人目につきやすいからな。」
「そういう意味じゃありませんよ、もう! くすくす!」
「・・・・・・・・・・・えー っと・・・・。」


・・・あの。 また話が見えないんですけど?! 羽織とか綱手姫とか。 いや、そんな事よりもですね。
囮がどうとか言ってませんでした? 今、指で合図してましたよね?! それぐらい俺にだって分かります。
なんですか、親指でクイクイと。 アレ、アレ、みたいな。 人を物扱いして! 違う話でごまかしてるし!

三代目の直轄部隊だろうが何だろうが、仲間を物扱いしちゃ駄目だ。 よし、ここはガツンと言わねば。
中忍だからって皆が皆、暗部に媚びると思うなよ?! 城内でみた家臣の様に毅然とした態度で・・・
・・・・・?? そういえば。 あの家臣が報告書に押してくれたんだよな、スタンプ。
合わさると幸せになる、と絵柄の意味を教えてくれたのも彼だ。 えっと。 こさんじ こさぶろう・・・・


「そうだ! こたろーっ!!」
「なんだい、いきなり。 吃驚するじゃないか。」
「小太郎? 錦麹家の・・・ 弥平 小太郎か。」
「ああ、あの家名陶酔馬鹿ですか。」
「オ、上手いコト言うネー テンゾウ。」
「どうも。 忠臣を通り越してますよね、あの人。」

「へー。 弥平さんって、有名な方なんですか。」
「カオルもよく木の葉バカ、って言われるケド、アレはチョット凄い。」
「当たり前だ。 ・・・・盲目野郎と一緒にするな。」
「そうだね。 馬鹿は馬鹿でも三代目馬鹿だ、カオルはね。」
「・・・・・・否定はせん。 火影の私兵だからな。」
「くそー アズサさんには負けます、うまい! あはは!」
「だから。 いつの間に何の勝負してたの、って。 フフフ!」
「・・・・・・・・・・・・・。」


えーっと。 何だ、この緊張感のなさ。 贄の呪印をつけられた当事者、蚊帳の外な俺の立場は?
・・・・いや、それは置いといて。 弥平さんは俺が木の葉の忍びで三代目の使いだと知っていた。
なのに絵柄の説明をしたり、頼まれたからと言って木の葉の書類にわざわざ残すか? 証拠の印を。

まあ、もちろん俺が報告書として記入する前のただの紙に、だけど。 でも里の忍びなんだぞ?
子供たちがはしゃいでつけてくれた腕の刻印と違い、きっちりと隅っこに押してくれたんだ。
忠臣を通り越した家名馬鹿とまでいわれる本人の性格を表した様に、きっちりと角に寄せて。

城の子供らが俺の腕に斜めにつけたと知ったら怒るんじゃないかと思って黙ってたぐらいだもん。
いわゆる“はんこ”そのもの。 たかがスタンプといえど書類上の捺印に妥協はしない、みたいな。
弥平さんにとって、あのスタンプは当初の俺と同じく、子供らの中で流行っている遊びという認識。

だから俺の出した結論はこうだ。 毅然とした態度で若君に注意をした家臣 弥平さんは知らない。
何がって、錦麹家のご夫婦が若君を生かす為に他の子の命を犠牲にしてる事を。 もしそうなら・・・・
暗部の任務は粛清。 馬鹿がつくぐらいの忠臣らしいけど血縁関係じゃないんだ、助けられるかも。



「・・・・・あれ? 何か忘れてないか、俺。 ・・・・ぁ。 ガツンと言うのを忘れてた・・・」