鬼に魅入られた男 1
ABC
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おれが任務受付所へ配属になってはや三カ月。 任務受付所といったら、木の葉隠れの里の顔だ。
同胞の忍びと依頼人の、橋渡し的役割を担う。 受付に配属された、というプレッシャーは大きい。
上層部や火影様からの信頼、同胞の忍びや依頼人からの信頼、その全てが圧し掛かってくるから。
紙切れ一枚の重み。 ハッキリ言って、この重圧に耐えられず、辞退を申し出る者も少なくない。
殉職した忍びの名前を、里で一番に知るコトになるのはここ、受付での任務報告書の確認作業中。
だから、自分の手渡した任務で殉職者が出た時は、自分に責任がないと分かっていても余計に辛い。
任務先で、これから伸びそうな若者が側で死にそうになっていたら、自分が代わってやれるのに。
里にこの人ありきと言われている名のある忍びと任務に就いたなら、喜んで身代わりを申し出るよ。
でも受付に座っていたら、そのどちらも不可能。 おれ達は何も出来ず、ただ額当てを預かるだけだ。
殉職した仲間の額当てを、任務報告書と一緒に手渡された時は、その重みに喉が枯れ、手が震える。
やはりそこでもおれ達は、橋渡し的存在だ。 額当てを預かり、三代目に報告するのがおれ達の仕事。
先ほど帰還した上忍から殉職者の額当てを預かり、今火影室へ、その報告をしに行って来たところだ。
・・・・一番辛いのは、殉職した忍びに家族がいた場合、額当てを持って必ず報告に行く火影様だろう。
家族から放たれる悲しみの念は、全て自身で受け止める。 それがワシの役目じゃよ、そう言っていた。
任務中どう命尽きたか報告、遺品の額当てを家族に渡し、頭を下げる火影様を思うと泣き事は言えないな。
あ・・・・。 これから受付業務にシフトチェンジするのかな、アカデミーの教員でもある海野中忍だ。
「よう! んー また表情が硬いなぁ・・・・ そうだ! 気分転換に一楽行くか? 美味いぞ?」
「海野中忍・・・・ ははは、ヤメテ下さいよ。 海野中忍とツーショットなんて恐ろしい。」
「恐ろしい、ってお前・・・・ あははは! なんだそれは! てか、俺は悪霊かっ!」
「まあ、それに近いようなモンです、ははは! ・・・・なかなか・・・ 慣れませんよ、辛いです。」
ポンッと肩を叩かれた。 その手が“俺は分かってるから”と言ってくれている様で嬉しい。
『そんな顔をするな、受付が辛そうにしたら、現場を預かった上忍が自分を責めてしまう、わかったな?
誰かがやらなくちゃならない、もっと辛い仕事はたくさんある、受付に座るのもその一つだ、頑張れ。』
忘れない。 初めて殉職した忍びの額当てを預かった時、海野中忍はそうアドバイスをしてくれた。
「海野中忍は・・・・・・ああいう時はどうしているんですか?」
「俺は何も出来ないから、何もしない。 ただ、ありがとうって伝えるんだ。」
「ありがとう・・・・・? なんで・・・・・・」
「そんな中で額当てを持って帰って来てくれた、その上忍の行動に感謝する。」
思わず例の話を忘れて聞いてしまった。 この人なら、またアドバイスしてくれそうな気がしたから。
思った通り、おれの欲しかった言葉をくれた海野中忍。 そうだ、上忍の行動に感謝する、その通りだ。
額当てすら戻らなかったかもしれない。 それを持ち帰った事がどれだけ凄いのか、同じ忍びなら分かる。
そうだ、ありがとうだ。 何も出来ない自分を恥じるより、故人を偲ぶことよりその前に。 感謝を。
ははは、目から鱗だ。 自分がここにいて何も出来ないのは当たり前じゃないか。 やるべき事をやる。
泣き笑いになっていたのかもしれない、ふっきれましたと海野中忍に言ったら、抱き寄せられた。
いや、正確には・・・・ 肩に手を回されて、さっきと同じ様にポンポンッとされただけなんだけど。
「な、誰かが分かってくれると思うだけで、気が楽になるだろ?」
「はい。 ・・・・隊を預かる上忍の気持ちを楽にしてあげられる・・・ おれの態度ひとつで。」
「そういう事だ。 たまに“分かったような面するな”とかも言われるけどな?」
「・・・・ははは! それぐらいの八つ当たり、全然平気ですよ! くすくす・・・」
それに、そうやって怒る事で気が楽になるなら、いくらだって受け止める。 仲間を看取って来た同胞。
死なせてしまって悔しいと、それを一番感じているはずの上忍。 その憤りと比べればなんて事ない。
海野中忍の腕が、おれの肩に回されたまま、という現実をすっかり忘れて会話を続けていた。
おれの馬鹿。 あんなに先輩方に注意されたのに。 一楽に誘われた時は、ちゃんと覚えてたろ?
ハッと思い出した時にはもう遅かった。 おれの腹が・・・・・ ゴロゴロと・・・・・・ うぅぅ・・・・
アドバイスありがとうございました! そう叫んで足早にトイレへ直行する。 ふぅ、間に合った!
そうあれは、海野中忍のアドバイスで励まされたから、お礼をかねて飲みに誘おうとした時だった。
気持は分かるが、と諸先輩方に呼び止められ、受付に座るならこれを守ってくれ、と注意されたんだ。
おれはトイレの個室を陣取り、グルグルと活発な下腹をさすりつつ、掟を忘れた自分を呪った。
『海野イルカは鬼に魅入られている、災いを呼びたくなかったら距離をおけ、オレ達受付忍の掟だぞ。』