鬼に魅入られた男 6
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この前、国境で交戦があった時、敵忍が使った毒で数人が死んだ。 木の葉が知らない新薬で。
その毒は体液と同化するらしく、医療班も検出できなかったらしい。 部隊は敵忍を全滅させたが、
きっと持って来た分は処分してしまったんだろう、新薬の毒の回収には至らなかったそうだ。
交戦部隊を全滅させたので、木の葉の忍びにあの毒が有効であると、敵はまだ気付いてはいない。
今の内に毒を研究して、下毒薬を開発する必要がある。 単独で動いて欲しいと、火影様が言った。
俺の任務は、あの毒を開発したであろう里の研究施設へ侵入し、秘密裏にサンプルを持ち帰る事。
俺は気配を消す事に長けている。 だから上忍になれたようなものだ。 こういう任務にも慣れていた。
その油断がミスを誘ったのかもしれない。 木の葉だと悟られてはいないが侵入がばれ、追われている。
上忍だが俺は一人、多勢に無勢。 自害してもいいが、そうするとせっかくのサンプルが里に届かない。
持ち出しに気付かれたと言う事は、あの毒に耐性のない忍びの里が侵入した、と教えてしまったも同然。
となると最近の交戦状況から、あちらはいずれ木の葉の存在に気付く。 もう、二度目はない。
木の葉の忍びに有効だと知れば、この毒をばら撒きにくる。 なんとしても里に持ち帰らなくては。
もうすぐ火の国の国境なのに。 国境付近には里の忍びが駐屯しているから、本来なら感知してくれる。
だが。 追われて潜伏している今、当然の事ながら気配を消していて、敵にも味方にも気付かれない。
気配を少し漏らせば、仲間は気付いてくれるだろうが敵にも気付かれる。 俺が木の葉の忍びだと。
毒に耐性がないのは、木の葉だと知られてしまう。 そんな情報を与える訳にはいかないじゃないか。
洞穴の湧水だけを飲みここで数日を過ごしたが、どうやらここまでのようだ。 サンプルは届けられず、
この穴の中で俺は気配を消したまま朽ち果てる。 この毒で多くの同胞が死ぬのだ。 任務は失敗だ。
俺の額当てを巻いて土に埋めれば、里の誰かがいつか、このサンプルを発見してくれるだろう・・・・。
覚悟を決めて、持ち出した毒薬に額当てを巻こうとした時だった。 犬の遠吠えと人の声が耳に届く。
「部隊長! うろついてた奴ら、捨ててきました!」
「お疲れ。 ちゃんと土の国境に置いて来た?」
「はい! 岩の額当ても握らせてきましたよ。」
「んじゃ、あの里に侵入したのは岩隠れ、ってコトで。」
まさか。 この俺の気配に気付く忍びがいるなんて。 感知タイプでさえ気付けない、この俺の・・・・
戌の面をつけた暗部と忍犬だった。 はは、そうか、そりゃそうだ。 忍犬なら俺の気配にだって気付く。
兵糧丸だけど食べる? そう言って出された兵糧丸は多分、今までで食べたどの食料よりも美味しかった。
戌の面は戌部隊の部隊長だ。 そんな人物が俺の為に? 兵糧丸を夢中で頬張る俺の目頭が熱くなった。
里に戻って任務は失敗したと報告するんだね、先にコレは持って帰るから。 そう言われるとばかり。
本来ならこのサンプルを持って、暗部は撤収すればいいだけ。 ミスした俺にかける情けは無いはず。
なのに暗部は、侵入したのが岩隠れの忍びだと思わせる為に、わざわざ敵の死体を土の国境に・・・・。
もう動いても平気でショ、早く帰って報告しなネ? そう戌部隊長は俺に言った。 つまり任務の成功。
もう諦めていた。 俺だけじゃない、自分の油断が招いたミスで、多くの同胞が死ぬ。 そう思った。
この毒が発見されて研究されて、下毒薬が完成するまでに、たくさんの仲間が犠牲になるんだ、と。
里の暗部は皆エリート集団、何事も自分達が基準、俺達正規の忍びの事なんて考えてないと思ってた。
自身の手でサンプルを届けろ、任務上のミスは見なかった、三代目の期待を裏切るな、そういう事だ。
この日を一生忘れません。 とうとう熱くなっていただけの目頭から、ツツと涙が出てきやがった。
「こんなに完璧なフォローしてるのヨー みたいなコトを、受付やアカデミーで噂してくれる?」
「・・・・・は?」
「ヒトの噂は回りまわって、絶対イルカ先生の耳に入るから。 んじゃ、ヨロシク。」
「・・・・・イルカ先生? 受付の・・・ 海野中忍に・・・・??」
バッチリですよ、部隊長! これは“大変よくできました”間違いなしです! やりましたね!
そんな声を残して、戌の小隊は去って行った。 男泣きに泣いている俺には、何が何だかサッパリだが。
つまりは、海野中忍に今日の出来事を語って聞かせればいいのか? ・・・・それぐらいお安いご用だ。
里の忍びの命の恩人達だ。 しかも俺の上忍としての立場も守ってくれた。 任せておいて下さい!
「戌部隊長っ! 凄いですっっ!! 聞きました、俺、むちゃくちゃ感動してますっっ!!」
「ま、任務の帰り道だったしネ。 忍犬が偶然見つけただけだし。」
「それでも、ですっ! フォローの仕方が完璧ですよっっ! 今回は当然、これですっ!!」
「 “たいへんよくできました” ・・・・か、やったネ!」
オレ達の家庭教師 イルカ先生。 今さら恥ずかしくって聞けなかった常識を、ちゃんと教えてくれる。
任務中に偶発してしまった殺人の是非、任務外で仲間の遺体を見つけた時の処理、どれも今さらでショ?
三代目への報告は事後だから、“済んだ事は仕方なかろうて、今度は上手くやれ”そう言われて終わり。
その“上手く”がイマイチよく分かんなくて、いつもモヤモヤしてた。 んで、先生に聞いてみたの。
イルカ先生は、オレ達が“任務だから”としか思っていなかったコトへの詳細な答えもくれた。
暗殺現場の近くにいた、ターゲットと無関係の親子を一緒に殺して来ました。 どこがヘマなの?
里の忍びの遺体を発見したから、塵一つ残さず消して来ました。 なにがまずかったの? とかネ。
オレ達は、疑問に思ったらなんでも先生に聞くコトにした。 そしたらオレ達の世界が変わったんだヨ。
部下との会話も増えたし、オモチャからも話しかけられる様になった。 あ、オモチャじゃなかった!
正規の忍びのコトをオモチャと言ったら、イルカ先生に即座に訂正された。 家族ですよ、ってネ。
フフ、あれから一年か。 これでイルカ先生から卒業できる。 やっと生徒と先生じゃなくなるんだ。