忍びの里 1
ABC
DEF
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P
おれは柄にもなく、恋というやつをしている。 男の、うみのイルカに。
始めは嫌悪感を持った。 潜入部隊の奴らの善人面は、どうにも好きになれないと。
だけど、うみのイルカ個人を知るうちに、それがたまらなく欲しくなった。
うみのイルカは潜入部隊の中忍。本業は忍者アカデミーの教師で、里の任務受付所の受付も担当している。
忍びのくせに、お節介で、涙もろくて、優しくて、温かくて・・・とにかく感情表現が豊かだ。
上忍のおれには、もう無くしてしまったものばかりを、今もまだ持っていた。
相手が今までと全然違うタイプだから、どうしたらいいかわからない。
上忍に媚びる奴は、掃いて捨てるほどいる。アリのようにウジャウジャと。
今までなら、ちょっと目くばせすればよかった。あとは、向こうから寄って来るか、買いに行くか。
任務報告書を提出する。そしておれは、イルカに袋一杯の猫餌缶を渡した。
「お帰りなさい、任務、お疲れ様でした。」
「これなら受け取ってくれるか?」
「・・・こんなに頂いて、いいんですか?」
「任務のついでだ。」
仲間に話したら、贈り物か、食事をご馳走するとかが、無難だそうだ。
とりあえず、贈り物をしてみた。 ロデックスの腕時計、サネルのタイピン、ゴッチのバッグ。
どれも受け取ってもらえず、上忍待機所にたむろってる奴にくれてやった。
いわく、『こんな高価のモノ、頂けません!』 ・・・結果は惨敗だ。
次に、食事に誘った。 キチョウ、へろや、コエツ、どこも味の保証はお墨付きの、一流料亭だ。
けどやっぱり駄目で、上忍待機所にいたくのいち達に、代わりに予約部屋へ行ってもらった。
いわく、『そんなところ、一生縁がありません!』 ・・・ことごとく惨敗だ。
直接聞いてみたら、何かのついでに、猫餌缶を買ってきてくれと、イルカは言った。
「任務のついで・・・って、・・・ぷっ! あははは!!」
「・・・・・。」
「降参です。 政木〈マサキ〉上忍、ありがとうございます!」
「そうか。これは、合格なんだな?」
「ええ。 でも、・・・どんな顔して買って来たんですかコレ! こんなに沢山!!」
「どんな顔とはなんだ、こういう顔だ。」
「あははは! とても助かります、子供たちも凄く喜びます!」
用途はどうであろうが、喜んでくれるならそれでいい。そうだ、この、屈託なく笑う顔も見たかった。
何だったら受け取ってもらえるかと聞いた時、イルカが言うには、
アカデミー校舎の下で、野良猫が四匹仔猫を出産して、子供たちが世話をしているという。
『それではおれの気が済まない。 お前が、一番欲しいものは何だ?』
『じゃぁ、今、猫餌缶が一番欲しいです。 何かのついででいいんで、お願いします。』
『・・・わかった。』
無欲というかなんというか・・・ おれに猫餌缶を買ってこさせるなんて、イルカぐらいのものだ。
おれがここまでこの男に傾倒しているのには、訳がある。
おれたちは忍びだ。今さら別に、キレイゴトなんか求めちゃいない。
特SやSランクは、火影室に直接報告書を提出するのだが、
普通の暗殺・・・つまり、Aランク任務は任務受付所に報告書を提出する。
だから、内容を確認して印を押す受付の奴らは、どういう仕事をしてきたか、全部知っている。
任務内容が急に変わる事もよくある。 あれは、Aランク任務・・・久しぶりに汚い仕事だった。
その報告書提出のときだった。 おれは少々、苛立っていたのかもしれない。
普段なら気を付けているはずの返り血が、オレの手首にこびりついたままだった。
イルカは報告書を確認すると、少しお待ち下さいと言って、水に濡らしたタオルを持って来た。
そしておれの手首の返り血を拭いながら、唇をかんだ。
『・・・俺は悔しい・・・ 誇り高い木の葉の上忍に、こんな・・・』
『・・・・・・・。』
『すみません。 一番悔しいのは、政木上忍なのに・・・ クソッ!』
『・・・・・世話になった、この礼は必ず、する。 』
『礼だなんて、何言ってるんですか! 返り血を落としただけですよ? ヤメテ下さい!』
『・・・わかってくれる奴がいて嬉しい。 お前はオレの誇りを・・・守ってくれた。』
『政木上忍・・・』
そしておれは仲間に聞いてみた。 大切な人に礼をするには何がいいかと。
いつものニコニコ顔じゃなく、今のような、明るい笑みでもなく、悔しそうに唇をかむ姿が印象的だった。
それは、切れてしまうのではないかと思うぐらい充血して、鮮やかな朱色をのせていた。