忍びの里 2
@BC
DEF
GHI
JKL
MNO
P
依頼人は火の国とある大名の正妻。依頼内容は側室の産んだ、まだ一歳にも満たない子供の暗殺。
子を産んだ側室の立場は、子のいない正妻より強くなる。おきまりのよくあるパターンだ。
奥方に面会すると、金なら幾らでも出すから、その側室も殺してほしいと言う。
火影様に式で任務内容の変更を知らせ、返答を待った。 そして側室共々、暗殺命令が下りる。
子供だけを奪うより、一緒に逝かせてやろうという事だろう。
ふたりとも、出来るだけ苦しませずに、あの世へ送ってやろうと思った。
「これ上忍、ちと頼みがある。 わらわの目の前で殺してくりゃれ。」
「かしこまりました。」
「それと、子を先に殺せ。 そうじゃな・・・ あ奴に、殺させるというのはどうじゃ?」
「仰せの通りに。」
急に依頼内容が変わったのは、殿の寵愛が他の側室へ移ったからだった。
子供は女子で、世継ぎにはなれない。 殿さまは、また違う女に乗り換えただけだ。
彼女をわざわざ苦しませて殺すのは、よほど殿の寵愛が深かったのだろう。
寵愛が他の側室へ移ったとたん、母子の暗殺を頼むとは・・・ げに恐ろしきは女の恨み。
おれは依頼人の希望にのっとって、任務を遂行した。
側室の意識はそのままに、子供を殺させ、彼女はおれ自らが手を下した。
泣き叫びながら子供を手にかけた母親を、早く楽にしてやりたかったのかもしれない。
だが、それだけで満足しない女は、側室の亡骸に、まだ刀を突き立てろと言う。
依頼人が希望する数だけ、忍刀で何度も何度も、おれは突いた。物言わぬ死体を。
「い〜ち。 あのカンザシは、わらわの方が似合おておる!」
「に〜い。 翡翠の帯止は、わらわが付けた方が価値がある!」
「さ〜ん。 子を産んだとて、女子ではないか、役立たずが!!」
「よ〜ん・・・・・ ご〜お・・・・・ ろ〜く・・・・・」
人の煩悩の数とされる百と八つ。それより多く、実に、百と十一回を数えた。
今迄秘めていた恨みを、全てぶちまけ、やっと満足したらしい正室は、
畳は替えるから気にするな、死体の処分は頼むと言って、上機嫌で部屋に戻って行った。
残されたのは、目を見開いたままの子供の死体と、形も無いほどに飛び散った肉片だけだった。
なんてことはない、内容が変更になっただけの、ただのAランクの暗殺任務だ。
こんな事位で、どうにか思うほどやわじゃない。 ただ、オレの誇りが傷ついた。
動かない的を、ただ何度も突くだけなんて、おれと生死をともにしている愛刀への侮辱だ。
だから、少々苛立っていたのだ、手首の返り血に気が付かなかった。
イルカはおれの為に怒ってくれた。 あいにくおれは、そこまで感情を出すことはなかったが。
そうか、悔しいのか。 このイライラは、“悔しい”という、もう忘れたはずの感情だった。
あの日から、おれのイルカを見る目が変わった。
中忍だから当たり前なのに、そうじゃないと思わせられていた。
見かけで判断して、おれが勝手に、アイツのイメージを作っていた。
あの笑顔も、飾らない性格も、知れば知るほど、イルカに惹かれていった。
あれは、ただへらへら笑っているだけじゃない、全部知っているんだ。
「そうだ! 政木さんも、仔猫見に来ませんか?」
「おれが・・・アカデミーにか?」
「ええ、こんな大口のパトロン、他にいませんから。」
「・・・・お前も一緒に行くか?」
「当たり前じゃないですか。子供たちに、ドーンと紹介しちゃいます!!」
「・・・わかった。」
想像してみた。イルカから紹介され、アカデミー生の前に立つ上忍。
猫餌缶を喜ぶ子供の顔。 パトロンを見付けてきたイルカの得意そうな顔。 親の横で眠る仔猫。
アカデミーの子供たちや、猫の子を見守るオレ達・・・何とも言えないむず痒さがある。
イルカとおれでは、当然子供はつくれない。けど、種は里の精子バンクに入れてあるから関係ない。
二人で何かを育てていけたら・・・ それは里の次代を見守る事と、同じではないか?
うみのイルカがほしい。 おれだけのものにするには・・・どうしたらいい?
おれは少しずつ、イルカに近づく。 おそるおそる獣に近づく子供のように。
まったく、柄にもなく臆病な恋に、はまったもんだ。
木の葉の狂刀といわれ、恐れられている、このおれが・・・・
「・・・何か用か?」
「うみのイルカにはそれ以上、踏み込まない方がいいですよ。」
「・・・・・・。」
「ボクはあなたの為を思って言っているんです。・・・忠告はしましたからね。」
任務受付からの帰り道、暗部が現れ、それだけを伝えて消えた。
イルカには、踏み込まない方がいい・・・どういう意味だ?
フワフワとしていたおれの心に、一本の棘が刺さった。 早く抜かなければ、気持ち悪い。