紅葉の痣 1   ABC DEF GHI JKL MNO PQ




あなたとわたしの赤ちゃん。 こんな幸せを望んじゃいけなかったのに。 全部を捨てたはずなのに。
多くは望まない、わたしにはそんな資格はない。 けれど・・・ どうしてもこの子を産みたいの。
ねえ、あなた・・・・ だからお願い。 もしもの時は、この子を助けて。 ・・・・・お願いね?






ですが、私は内心迷っていました。 子供ならまたできるかもしれない、そう思ったからです。
私が迷う事が分かっていたのでしょうね。 妻は産婆に予め伝えていたんですよ、夫も承知の事だと。
その場にいなかった私の意思は、妻の言葉を聞いていた産婆によって、同意とみなされました。

その結果。 出産の知らせを聞いて急いで産婆の家に駆けつけた私が見たものは。 一つの命でした。
弱々しく泣いている赤ん坊と、とても満足そうに微笑んだままで・・・・ ピクリとも動かない妻。
妻は・・・・ そのまま息を引取ったのです。 私に真新しい小さな命を託して、逝ってしまいました。

決して裕福ではありませんが、男手ひとつ四苦八苦しながら、亡き妻の思いと一緒に育てました。
お前のお母さんはこんな人だったんだぞ? 生前の妻の色々な話をあの子に聞かせてやりました。
薬草学を身につけて、貧しい人にも薬を提供できるような薬師になりたい、それがあの子の夢です。
とても・・・・ とても優しい娘に育ってくれた、私と亡き妻の・・・・ 自慢の娘なのです、うぅ・・・・

「今日は楽しみにしてて、なるべく早く帰るから。 ・・・・そう言って学び舎に出かけたんです。」
「ご事情、お察し致します。 里は出来る限り依頼人のお力になりたいと思っていますよ?」
「うぅぅ・・・・・ すみません・・・ つい、感極まって・・・・・ くっ! どうして・・・・」
「どうぞ思い付く限り経緯をご説明下さい。 どんな事でも構いませんから。」
「ぅ・・・・ はい・・・ 自分でも何をどうしていいか・・・・・ すみません・・・・」





過保護で鈍感な親だなぁ、 村の役人に娘の帰宅が遅い事を知らせたら、笑ってそう言われました。
少しは娘を信じてやったらどうだ、なぜ帰宅時間が遅いのかヒントがあっただろ? と。
今日はどんな特別な日なんだ? と言われ・・・・ よく考えたら、今日は私の誕生日だったのです。

もし妻が生きていたら、心配しすぎの私に向かって同じ様に言ったかもしれない、だから待ちました。
“誕生日プレゼントを選ぶのに時間がかかっているのよ” 亡き妻の幻聴に励まされながら。
きっとそうだ、親なら気づかぬふりで待っていなければ娘ががっかりする、自分に言い聞かせてました。

でも思ったんです、過保護と言われようがなんだろが、何かあってからでは遅いのじゃないか。
私はずっと昔に妻を亡くしました。 先に自分の意思を産婆に伝えておかなかったばかりに。
“どうして赤ちゃんを見殺しにしたの?!”そう妻に責められても、彼女を失うよりはマシだった。

“もう! お父さん、過保護すぎ!”そう娘に呆れられてもいい。 同じ思いをしたくないんです。
心配性でいつまでたっても子離れできない鈍感な父親だ、いくら他人にそう思われていようが。
そんな私の体裁などどうでもいい、何事もなければ後から笑い話になるだけなのだから、と。
あの時ああしておけばよかった、こう行動してればよかった、そう後悔するのはもう嫌なんです。





「村の役場では、夕方まで待っても戻ってこないなら、皆で捜索するから心配するな、と。」
「けれど何かがあって不安に思ったんですね? ・・・・・何を見ました?」
「はい、いてもたってもいられず、娘の通学路をウロウロと辿り・・・ これをみつけました。」
「・・・・・しおれた・・・ 草・・・ ですか?」

「娘はよく道端に生えてる草を持ち帰っていたんです。 たかが雑草かもしれない、でも・・・」
「いえ。 ご自分でおっしゃいましたよ? 何もなければあとで笑い話になるだけ、です。」
「まるっきり取越し苦労かもしれない、それなのに・・・・・ 動いて下さるのですか?」
「くす! しおれた草に不安を覚えた親が思い余って木の葉に相談に来た、ですよね?」

「ぅぅ・・・ よかった・・・・ 町の役人はハッキリとした事件性がないと動かないし・・・・」
「“雑草を調べてくれ”  それを任務依頼として受理します。 ・・・・・書類上は。」
「・・・・・はい、はい。 ありがとうございます、ありがとうございます・・・・・」
「なんと草花の記憶を覗ける忍びがいるんですよ? 馬に踏まれてシナシナ、だったら安心ですね。」
「・・・・ええ、ただのしおれた草、そう分かるだけで、もう・・・・」

木の葉隠れの里は火の国の隠れ里。 私の住んでいる村は、国の中心からは遠い山の中にある村だが。
町中に行くのと木の葉の里に直接行くのと、ほとんど距離は変わらない。 よかった・・・・
町の役所へ届け出ても、草を握りしめ取り乱した男の話など、きっと聞いてはもらえなかっただろう。
何をどうしたいのかさえ伝えられずに。 思い切って木の葉の里を訪ねてみて、本当によかった。

確かにそうだ、このしおれた草が何でもない、ただの道端の雑草だと分かれば。 それだけで気が紛れる。
“お父さん、雑草を調べてほしいと木の葉隠れに任務依頼したの?! 恥ずかしいっ! もう!”
もしただの草ならば。 後で娘がそう言ってくれる。 サプライズが台無しじゃないっ! と笑って。