紅葉の痣 9   @AB CDE FHI JKL MNO PQ




幸せの定義や価値観は人それぞれ。 ほんの小さな事を幸せと感じる人もいれば、そうでない人もいる。
例え作り上げられた偽物の孫娘でも、もう既に、本物の孫娘だという噂が流れ始めているんだ。
生きて幸せでいてくれたらそれでいい、と言った父親なら。 偽物と知りつつそれを望むかも。
つまり、でっち上げられた最上家の孫娘という立場は、娘の為を思えば願ってもない養子縁組だと。

依頼人がそう願えば、それは依頼人の希望。 本来は、依頼人の意向を汲んで救出任務は中止となる。
でもボク達の派遣は三代目のパパ株を上げる為の無料奉仕。 依頼報酬が発生しない形になってる。
水雲の里で交渉にも使ったけど、書類上の任務依頼は“雑草を調べてくれ”のまま、なんだよね。

これは屁理屈だと分かってるよ? 書類上での任務依頼は中止。 というか、雑草はもう調べた後だし!
だからボク達の行動は完全な私的行動、って事。 イルカちゃんだって・・・・・ そう望んでる。
もし最上家の偽孫娘ちゃんが村へ・・・・ 父親の所へ戻りたいと言ったら即、連れ戻すから。
本人が強くそう望んだ事だ、とそう言えば。 それなら依頼人も、もう否とは言えないはずだよね。





忍びは、引き受けた任務を遂行するのが仕事。 でも、ただ言われるがままに動く事じゃない。
当初の予定通りにはいかない事も、任務内容の変更もザラだ。 そこに関わっているのは人だから。
幸福や善悪の価値観も、人の数だけ存在する。 人の行動や思考は、絶対に思い通りにはいかない。
だから柔軟な思考を持つことが大事なんだ。 最初からこうと決めてかかるのは大きな間違い。

依頼人が中止と言ったら任務は中止、それが受付所の仕事。 でもイルカちゃんは、そうじゃない。
イルカちゃんも柔軟な思考を持ってるよね、凄く。 ボク達二人の判断に委ねる、だもん。
三代目が可愛がってる愛人は、年の離れた男妾で・・・・ 人の気持ちを大事にする忍びなんだね。

「・・・・凄く期待されちゃってるみたいですよね、ボク達。」
「パパ株上昇の為にも、イルカちゃんの希望を優先、だヨ。」
「こう書けば、ボク達なら・・・・ パパの自慢する忍び達なら・・・・ って。」
「依頼人の娘のコトも、オレ達のコトも、どっちも信じてくれてるんだヨ。」

「ま、オレ達の無料奉仕は変更ないけどネ。」
「・・・・・・くす! “ほっとけない病”か。」
「イルカちゃんを喜ばせて、パパ株を上げるのがオレ達の任務。 ・・・・でショ?」
「ですね? ボク達は三代目に一任されましたし。 パパの切り札も同然ですから。」

あはは! でも。 珍しくおねだりしたと思えば、任務の事。 自分の、じゃなく他人の為のお願い。
・・・・・部下達も言ってたけど。 先輩、イルカちゃんってほんと、優しい心の持ち主ですよね。


って事で。 城に忍び込んで側近を拉致、軽く情報収集してみた。 早い話が、家督の奪い合い。

跡継ぎになるはずだった本家の子らが纏めて事故に合った。 まあ、本当に事故かどうか怪しいけど。
その事故で、子息息女を全て亡くした現当主は、家督を分家に譲らなくちゃならないとか。
最上本家の現当主は、年が年でもう子供は望めないらしい。 だから家督は子のある分家へ譲渡。

最上の家督を分家の奴らに譲るなど認められない、ならば無理やりにでも本家の者を立てよう、と。
当主の望んだ事か、その取り巻きの望んだ事か。 多分両方だと思うけど、とにかく一計を案じた。
最上本家の姫が何十年も前にいなくなった、これは事実。 だからもっともらしい理由を作り上げた。

大殿や城の皆の反対をおしきり駆け落ちした姫、とある村に身を寄せ、そこでひっそりと子を産んだ。
その子はいなくなった姫に生き写し。 おまけに、本家血筋の証拠でもある紅葉型の痣が胸にあった。
間違いなく駆け落ちした姫の忘れ形見。 偶然にも発見できたのは、何かのお導きに違いない。
きっと、あの事故で先だった子らが、あの世から大殿に知らせてくれたのだろう・・・・ が、筋書。

「なかなか感動的なストーリーを作りあげてたのネー、感心、感心!」
「跡継ぎを含め、海での水難事故で子を全員亡くした大殿・・・・ か。」
「ま、城下の民のほとんどは、最上本家の大殿に同情してるだろうし?」
「狐と狸の化かし合いですよね、分家連中の策略が見え隠れしてます。」

そうなんだよね、あの水難事故は多分・・・ 分家が企んだモノで、それならば、って本家が反撃。
身分のある連中は血筋に命懸けてるから。 跡継ぎが誰もいなくなった大名家は領地没収だもん。
ふんぞり返ってた奴らが、いざ畑を耕す暮らしをしろと言われても、出来るわけがない。
自分達の生活が危うくなったら、それこそどんな事をしてでも、煌びやかな生活を守るだろう。





「残念ながら、発見された娘は姫の子じゃなかった! ってコトにしちゃう。」
「お家が取り潰される訳でなし、分家の子がいるってのに。 血統が全て、か。」
「跡取りを亡くしたのは分家の策略かもしれないケド。 因果応報だよネ。」
「ですね。 自分で我が子の命を奪っておきながら、孫娘を発見、とは。」

過去に城を出た姫の話が本当なら、その姫がどこかにいて、本当に子を産んでいるかもしれない?
それは絶対にないんだよ。 だってその姫は国を出てすぐ殺された。 正確には殺させた、だ。
この拉致した男は大殿の側近。 他の家臣が知らないような裏の事も、かなりよく知っている。
当然ボク達の記憶は消しておくけど・・・・ カカシ先輩、こいつ拉致って正解でしたね?

その当時、最上本家の血を引く子供がたくさんいて、息女の一人ぐらいいなくなろうが大事なかった。
大殿は、最上の血を他国に出す訳にはいかないと、霧隠れの忍びを雇い秘密裏に姫を殺させた。
国を出て安心してたんだろう、姫とその恋人、二人の命を奪った。 最上家の恥さらしだと言って。

一体どの面を下げて・・・・ その姫の子だ、自分の孫娘だ、などと言えるのか、驚きでしょう?
ドロドロとした世界はこれだから嫌だね? 忍びなのに裏表のないイルカちゃんが輝いて見えるよ。
はぁ・・・・・。 イルカちゃんみたいな優しい人との出会いが、ボクにも来ないかなぁ・・・