香りの塔 14
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松葉様達は、火の国の城下町でお土産を選んでから帰って来るそうだ、と嘘の情報を吹き込まれていた。
それを信じた桃井は、伴侶の不在を知り落胆するだろう麗香様をお慰めしようと、香りの塔に入った。
ボク達はその嘘の情報源が誰かを知りたいんだ、そうすれば松葉様をみつけられると。 ところが・・・・・
松葉様達をみつけたって、どういう事だ?? だって桃井はこの部屋にずっと隠れてて・・・・ ??
この部屋にあるのは、肥料にされた菌糸の土台の死体だけ。 ・・・・・・・・・・・・・。 まさか。
悪い予感がしたが、ボク達は黙って桃井について行った。 さきほど彼が土いじりをしてた苗畑の一角に。
雨射から自分も狙われていると聞いた桃井は、冷静になって考えたらしい。 誰がそんな事を企んだのか。
その結果、奥処の者しかあり得ないと結論を出した。 今回の隠密行動は、奥処の者しか知らないから。
松葉様と他の者は火の国の町に寄って帰ってくる、と桃井に教えたのは処頭〈ところがしら〉だそうだ。
処頭とは、奥処の一切を取り仕切る役職名だ。 つまり、奥処という組織のトップの様なモノ。
国主夫妻がその男の才能に惚れ込み、一番最初に奥処へ入ってくれとスカウトした人物らしい。
おそらくこの国で一番、国主夫妻の寵愛を受けているのは、その奥処の処頭の男なんだろうね。
当然ながら、桃井も絶大な信頼を寄せていた。 そんな男の口から出た言葉だからこそ、信じたんだ。
本当に。 本来なら、ただ国主を満足させる場所であるはずの息抜きの場が。 権力に直轄していた。
麗香様と松葉様が。 国主夫妻がより優秀な血を残そうと、各国から優秀な人材を奥処に集めたから。
この国の奥処にいる愛人達は皆、学があり武芸に秀でた者。 自分達が国の礎だと思い違いをしている。
世間一般にいう奥処の役目を忘れ、国主の庇護の元、気位だけが高くなっていったのではないか?
「大葉〈おおば〉様は、国主夫妻が一番信頼されている人物なんです。」
「・・・・・・・・・それは国主夫妻の寵愛が飛び抜けて深かった、ってコト?」
「おれ達三人も気に入られてはいましたが。 大葉様は子種候補として・・・・ 特に。」
「子種のない松葉様には絶対真似出来ない事を、彼は出来るという事ですね?」
しかも、大葉はなんだって?! 子種候補?! なら彼は国に残す国主の血に選ばれたも同然なんだ。
・・・・・余程の謙虚な者でなければ、こう思うだろう。 国主の伴侶は自分こそが相応しいのでは、と。
麗香様、松葉様。 飼犬に手を噛まれましたね。 甘やかしてばかりではそうなっても不思議じゃない。
その証拠に。 松葉様の行方を心配しているだろう国主をお慰めしょうと行動したのは、桃井だけだ。
国主の奥処の愛人としての役目を本当に理解しているのなら、そういう時こそ主の側にいるのが普通。
ただ一時の慰めでいいんだ。 それが本来の奥処の役目、主の過度の愛情などを求めるべき所じゃない。
そうやって役目を忘れずに謙虚に仕えていた桃井ら三人が・・・・ 目ざわりだったのかもしれないね。
土があちこち掘り返されていた。 最初この部屋に入った時、苗畑の世話をしているのかと思った。
苗畑の土の中に埋っていた肥料に、つい興味をそそられて。 男がなにやら作業をしているな、とだけ。
桃井の顔も体も土だらけだったのは、土の中に埋っていた三人の遺体を掘り起こしていたからだった。
小さく盛られた土の上に三人の遺体が横たわっていた。 多分真ん中が国主の伴侶、松葉様だろう。
そして松葉様の両横に、桃井と同じく体格のいい男が。 きっと奥処の役目を忘れなかった愛人達だ。
だからこそ松葉様は、今回の自分の隠密行動に、この三人を連れて行こうと思ったんじゃないかな。
菌糸がまだ遺体を覆ってなかったのが、せめてもの救い。 三人ともバッサリ背中から斬られていた。
「・・・・・・松葉様、木の葉の忍びがもう来てくれたんですよ? 雨射を連れて・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・お初にお目にかかります、火の国は木の葉隠れの暗部 カカシです。」
「同じく、暗部所属のテンゾウです。 雨射を出張させるなんて、松葉様が始めてですよ。」
「大松〈だいまつ〉、小松〈しょうまつ〉聞いたか?! 木の葉の・・・ 暗部・・・・・ だぞ?」
「「・・・・・・・・・・。」」
そう言うと、声こそ上げなかったが・・・・ 桃井の目からずっと耐えてた涙がとうとう頬を伝った。
見れば桃井の手は傷だらけだった。 爪の中に土が深く入り込んで、爪と指の間から血が滲んでいた。
三人を掘り出すのに道具を使わず、己の手で掘ったのだと分かる。 国主夫妻に気に入られる訳だね。
桃井さん、ボク達の役目は終わった訳じゃありません。 大葉を捕らえ国主に突き出します、真実を。
あなたが生きて証言してくれるから、麗香様の御前で奥処の処頭の陰謀を暴く事ができるんです。
それにね? 松葉様達の背中の傷なんですが。 ボク達が見たところ、別々の得物で斬られています。
という事は、他に二人の共犯がいる。 一度に三人を別々の得物で斬れませんからね、忍びでもないのに。
「ボク達は忍術を解禁されています。 見てて下さい・・・・ 水遁っ!」
「ヨシ、オレも・・・・ 火遁っ! 土も戻しちゃおう! ・・・・・土遁っ!!」
「?! これは・・・・・ 温水・・・・・・ ですか?? え? おれにも??」
「綺麗にしてあげた方がいいでショ? 四人ともイイ男なんだから。」
「苗畑もね。 ここって、香華の国の最高機密・・・・ なんですよね?」
「・・・・・・・・・・・・ぁ・・・・・ ああ・・・・ 感謝に・・・・ 耐えません・・・・・」
ボクの水遁にカカシ先輩の火遁を混ぜ、水を熱くする。 土や血を洗い流す為の温度調節をしながら。
生前とまではいかないけど、三人とも綺麗になった。 掘り返した苗畑も、土遁で全てが元通り。
出来れば生きたまま、この国にお届けする為に使いたかったな。 封印の巻物に三人の遺体を封印した。
明日、国主にお渡ししよう。 お約束通り国家機密は、見ざる言わざる聞かざるを通しますよ、麗香様。
「ハイ、この日向家特製 塗り薬をあげる。 小さな傷はすぐにふさがるヨ?」
「・・・・・・・・・あ。 ありがとう・・・ ございます・・・。」
「・・・・・桃井さんにお願いがあります。 明日までこの巻物を守っていて下さい。」
「?! ・・・・・・・・それは・・・・・ どういう・・・・」
「ボク達は仕上げをしてきます。 この国の謀反人達の・・・・・ 捕縛をね。」
「後数時間だけだけどサ、一緒にいてあげたら? きっと三人も喜ぶから。」
「・・・・・・・・・・っつ・・・・ はい・・・・ はいっ!! お任せ下さいっ!!」
せっかく綺麗になったのに。 封印の巻物をしっかりと懐に入れた桃井が平伏したので、また土にまみれた。
麗香様、お気に入りが一人でも助かって、良かったですね。 彼はちゃんと分を弁えていますよ。
己の役目を忘れた者は、必ずと言っていいほど道を誤る。 それは忍びでも奥処の愛人でも、皆同じだ。