小さな恋の行方 1   ABC DEF GHI JKL MNO PQR S




文が来て。 もう随分と待った。 待っても待っても。 カズハ様は、迎えに来てはくれない・・・・。
きつく抱擁を交わし、互いの小指を絡め、約束したはず。 私はいつまで待てばよいというのか。
両国の為にと設けられた縁談の席で、『我がどうしてもと願ったのだ』そう小さく囁いてくれた。
その血を受け継ぐものとして、決して政略結婚ではないと言ってくれた事が、どれだけ嬉しかったか。

「なれど出来るなら。 待つのではなく、私が会いに行きたいと思う・・・・。」
「カズハ様と離れてからの三週間が、何十年にも感じられるのですね?」
「なんと。 迎えに行くからと文が来てから、まだ一ヶ月もたっておらんのか。」
「美咲〈みさき〉様、そういう気持ちを “恋” と言うのですよ?」

例え口先だけの言葉だとしても。 火の国を代々治めてきた炎〈えん〉一族、兄は火の国国主 炎の時宗。
炎の名の元に生を受け、いやというほど教えられてきた。 この身は生きた証書で、民の為の担保であると。
個人の意志は無用、国の為、民の為にあれ。 この血が意味するモノは、ただ平和へのかけ橋なのだと。
炎の血ではなく自身を望まれるなど想定外。 あの言葉を貰ってから、私の中はカズハ様で一杯になった。

「・・・・・恋? これが・・・・。 一族にはいらぬと教えられた。 そうか・・・・ 恋か。」
「例え炎の血を引く方でも。 恋のひとつやふたつ、してもいいと思います。」
「ふふふ。 ・・・・兄上は、そうは言わないと思うぞ?」
「美咲様、そんな泣きそうな瞳で、笑うものではありません・・・・。」

父はたくさんの子を成したが、生き残ったのは一人だけ。 兄と呼んでいるが、ふた回り以上違う兄妹だ。
炎の血を引く子は忍界大戦中、ことごとく追われ殺害された。 木の葉が守り通した、兄 時宗以外は。
私は父の残した遺伝子から作られた、最後の子。 当然ながら、生前の父に会った事など一度もない。
そう言えば子供の頃一度だけ遠くから姿を見た。 父は我が子にさえその姿を見せる事を、嫌ったという。

「炎の血とは無縁のはずのあの人が、炎の血そのものだった、そんな気がする。」
「?? カズハ様が、ですか??」
「ふふ。 いや。 もう会う事もかなわぬ、父の唯一の人の事だ。」
「父・・・・ 先代国主 義時様の・・・・ あ! 琴音様ですね?」

私達の義母だと、兄が見せてくれなければ、その顔さえ知らなかったであろう薔薇城の城主。
産みの母も知らぬ私にその姿を見せる事で、炎の血の重要性を認識させたかっただけかもしれないが。
兄は直接父の血を引く者。 だが父の覇気なのか、薔薇城の主は誰よりも気高い炎の血を感じさせた。

生涯一人だけを傍に置いた父。 国主である父は、義母に恋をしたのであろうか。 あるいは・・・・
義母が亡くなる前に、直接会って聞いておきたかった。 炎の血族が恋をしたらどうなるのか、と。
あの父を支え続けた義母なれば、私のこんなくだらぬ問いに、ハッキリと答えてくれたに違いない。

会いたいと言ったところで無理な話だっただろう。 薔薇城は一切の外界を遮断するような城だった。
一夜にして燃えてしまった、城主と同じく優美な城。 大人になった今ではわかる。 あの城は・・・・
義母を閉じ込めておく為。 父の愛した唯一を奪う輩から、義母を守る為の城砦であったのだ、と。
我が子 現国主 時宗であっても。 “余のモノには、誰も近寄る事許さん”とでも遺言したのだろう。

「不意に思ったのだ、父は義母に恋をしたのだろうか、と。」
「薔薇城の主は先代国主の寵愛を独り占めした方。 そうですよ、きっと。」
「ふふふ、狩野〈かのう〉は私に仕えて長いのに、火の国のおとぎ話を信じているのだな。」
「当たり前です!! 琴音様は世の女性の憧れですもの。 ・・・・あ、今度木の葉に行ってみます?」

義母を守って逝った、くのいちの慰霊碑があるらしい。 木の葉隠れの里は我が火の国の国力そのもの。
この身はどんな行動であろうと、私情で動いてはならない。 木の葉隠れの影に心配をかけるのは必須。
忍びの里に行くだけで否応なく周りを巻き込む。 カズハ様の元になど、行けるはずもなかろうに・・・・。

「・・・・・のう狩野。 ・・・・・私は兄上を頼って良いと思うか?」
「たった一人の妹君、美咲様の頼みとあれば。 木の葉隠れの火影をも動かしかねませんね。」
「愚問であったな。 私の為に火影を動かすなどあってはならん。 ただの戯言じゃ、忘れてくれ。」
「・・・・・・美咲様、御風邪を召します。 もう、中へお入り下さい。」

自身は子を残さずにいたのに、炎の一族からも民からも慕われ、まるでおとぎ話のように語られていた人。
亡き父の望み通り、外敵から義母を守り続けた兄上。 先の義母の死で、きっと国主の心は乱れている。
義母の琴音は、女官頭に妬まれ自城に火を放たれた。 木の葉隠れの有能な上忍師が、殉じたと聞く。
上忍師は里の宝、火影にしても悲しみの中だ。 民とは無縁の感情で、私が動いて良いはずがない。

「この身は火の国の為、民の為にだけある。 勝手は許されぬのだ。 そうであろう、狩野。」
「いいえ! 今は・・・・ 美咲様は、ただの恋する女性です!」
「ふふふ。 ・・・・時に素直なその気性が、私には羨ましくもあるぞ?」
「・・・・・・美咲様。 狩野はいつも美咲様と一緒です、どんな時も。 一緒ですからっ!!」

もし生まれ変われるものなら、炎の血など引かぬ者に生まれたいと、思う事さえ私には許されないのだ。