誰が道を歩くのか 1   ABC DEF GHI JKL MNO PQR S




一人っ子だと思われてる私には弟がいたの。 小さい時に死んでしまった弟。 でも私が覚えている。
あんな小さな体のどこに、こんなたくさんの血が流れているの? っていうぐらいの血だまりも全部。
血だまりの中心には、首と手足がそれぞれヘンな風に曲がった弟。 腸が切り口からはみ出していたわ。
ああ、人の内臓って・・・・・ なんて綺麗なピンク色をしているのかしら・・・・ そう思ったのよ。

そう、私の弟はね? 丁度あなたぐらいの年だったと思うわ。 なんとなく雰囲気も似てる気がする。
でもそんなはずはないという事を、私が一番良く知っている。 あれはもう十何年も昔の事だもの。
だからあなたは私の弟じゃないのよね。 死んだんだもの。 この世にいない、ええ、分かっているわ。

「ねぇ、坊や。 この髪は頂けないわね、ちっとも似てない。」
「うぅぅ・・・・ やめてっ!  うぅぅぅ・・・・ ぼく、ここのおうちのこになるんでしょう?」
「でもこれを見て?   ・・・・・紅花の成分で赤く染まる毛染めスプレーですって、ふふ。」
「ひっく・・・・ ひっく・・・・・ うぅぅぅうぅっ・・・・・・」

少し黒色かかった赤毛。 雰囲気が似ている気がする坊やの髪を、弟と同じ髪の色に染めてみた。
最後に見た弟の髪は、血で真っ赤だったんですもの。 紅屋さんに行けば売ってると思ったの。
写真は両親が全て処分したから比較できないし、自分の記憶だけが頼りだった。 でも再現出来たわ。

両親は私が小さいから、弟の死を受け入れられないと思ったのよ、弟の物は全て処分してしまった。
今では弟がいた事さえ忘れようとしている。 でもそれって・・・・・ 弟が可哀想でしょう?
誰からも忘れ去られるなんて、弟が生きた証を無くしてしまうなんて。 私が覚えていないと思ってるのよ。
全部無くしてしまえば記憶も無くなる、そう思ったから、私の存在も無いものとして消してしまった・・・・。

「ふふ、とっても似てきたわ? う〜ん・・・・・ でも。 何か違うのよね・・・・・」
「ふぇ〜ん、うっく・・・・・・ ぼくのおねぇちゃんに・・・・・ なってくれるんじゃないの?」
「・・・・・・ねえ、泣かないで? 弟はそんなに泣いてなかったわよ?」
「もういやだよう、ここのうちはいやだよぅ・・・・・ えぇ〜ん・・・・・ ・・・・・・ぇ・・・・」

「そうね。 そうやって泣きやんだら弟みたいに見えるわ、ふふ。」
「・・・・・・・・ぅ・・。」
「でもまだ違う・・・・ えっと・・・・・ ここは・・・・・ こう? だった・・・・ かしら・・・」
「・・・・・・・・・・・」

「あ。 そうそう、腸を少しはみ出させなくちゃ・・・・ ん〜と・・・・ 確か・・・・・」

たくさんの血だまりの真ん中に、手足、首がねじれていた。 お腹の刀傷からは、ピンクの腸が出てた。
そう、こんな感じで。 弟の腸はもっと綺麗なピンク色だったけど、仕方ないわ。 ふふ、髪の色は似てる。
ねえ坊や、ねえ・・・・ ?? ああ、もっと話したかったのに・・・・ 坊やはもう動かない・・・・。
可哀想な私の弟と私。 全て忘れ去られるなんて淋しいわ。 私達はここにいるのよ? どうか忘れないで。







「!!!!  お嬢様っ?! これは一体・・・・・・!!!」

「あら、尾嶋〈おじま〉さん・・・・  顔色が悪いわ・・・・・・ どうしたの?」
「お嬢様・・・・ とりあえず今すぐ・・・・ シャワーを浴びて来て下さい、いいですね?」
「今あなたに倒れられたら、三笠屋〈みかさや〉はどうなるの? お医者様を呼んで・・・・・」
「私の事は良いんです! ・・・・・・・・それよりお嬢様、また手伝って下さい。」

分かったわ、これしか私は役に立てないもの。 唯一お店に貢献できる事だから、もちろん手伝うわ。
でも、ちゃんと後でお医者様を呼んで診てもらってね? 三笠屋は尾嶋さんがいなくちゃ回らないもの。
・・・・・よかった。 じゃ、私はシャワーを浴びてくるわ。 ピカピカになってお店に出るから安心して?
三笠屋にこの人ありと言われている番頭さん。 両親に恩があると言って、三笠屋に仕えてくれているの。

「・・・・・・・・ええ、小奇麗になってから、お店に出てて下さい。」
「ふふ、また父のお弟子さんのかんざしを店頭に出すのね? わかった。」
「そうですよ、お嬢様のお好きな珊瑚のかんざしです。 ですから、ほら・・・・・」
「本当に人を使うのが上手。 尾嶋さんの言う事に間違いはないもの、ふふ。」

私自身は一度も意識した事なんてないんだけど、私が身につけたかんざしは、不思議と売れるそうよ?
飛び抜けて美人でもないのにどうしてかしら? そう聞いたら、そこが良いのですと、尾嶋さんは言った。
世の女性は自分より美しい女性を認めません、お嬢さんぐらいがちょうど良いのですよ、ですって。
仕えている御店の娘に、そういう事をハッキリ言う所も、彼が商売を客観的に見ているという証拠。

それに尾嶋さんの言う事は、凄く道理にかなってるわ。 私でも納得。 うちは火の国のかんざし屋。
たくさんあるかんざし屋の中でも、大名家に出入り出来るほどの信用を得ているの。 ひとえに・・・・
あの尾嶋さんの商戦があるおかげだと言ってもいいわ。 私は商売の事は全然分からない、両親も。

でも尾嶋さんの言う通りにしたら、本当にかんざしが売れるの。 これはもう、実証済みだから。
メインはかんざしだから、かんざしが引き立たない様な美人では駄目なんですって。 納得でしょう?
逆に、これなら私の方が似合いそうだわ・・・・ そう思ってもらう事が大切なんだそうよ?
商売の事はからっきしでも、それぐらいなら私にも手伝えるもの。 人を使うのも上手なのよね、ふふ。





「誰かっ!  町の便利屋を呼んでくれ。 大至急だ!  あと・・・・・ お嬢様に珊瑚のかんざしを。」
「「はい、番頭さん、只今。」」

ああ、お可哀想なお嬢様・・・・。 旦那様、奥様、お二人の為に・・・・ 私に出来る事は何でも致します。
この事は旦那様も奥様もご存じない、お嬢様ご自身も・・・・。 私さえ沈黙すれば・・・・それでいい。
・・・・・・私は三笠屋の為なら、全てを沈黙する道を選ぶ。 ・・・・・・これぐらい何でもない事だ。