誰が道を歩くのか 2   @BC DEF GHI JKL MNO PQR S




亡き妻の残してくれた我が子が、あそこまで生きられたのは、全てあの若きご夫婦の施しがあったから。
恩人のかんざし職人とその妻をずっと探していて、やっと探し当てたご夫婦は、小さな店を構えていた。
私のする事はただ一つ、あのかんざし職人のご夫婦に恩を返す事。 ならば自分は三笠屋に仕えようと。

薬を買う金さえない者の所へなど、医者は来ない。 熱を出し咳き込む我が子をただ抱え、途方に暮れて。
ここで息子を失ってしまうのかと嘆いた時、声がした。 “売ればいくらかにはなるかもしれないです”
作ったかんざしを売り歩いているのですが売れなくて、これでよければ差し上げますと、年若い夫婦の声が。
そのおかげで息子はまだ生きられた。 元々病弱だった我が子、けれどその時に別れをしなくて済んだ。

それから息子は自分の生を精一杯生きて、穏やかに逝った。 見ず知らずの父子を助けてくれた職人夫婦。
私は残された息子の人生を見守りながら一緒に生きられた。 亡き妻とした見守る約束を、実現出来たのだ。
名前も分からなかった若夫婦に、受けた恩を返す事が息子を看取った後の自分の歩む道だと、そう思った。

それは留守番中の幼い姉弟にとって悪夢の日だったろう。 強盗に入られた三笠屋は幼い息子を亡くした。
お嬢様はその日の事を何も覚えておられず、旦那様と奥様は悪夢を忘れさせてやろうと決心したらしい。
私が三笠屋ののれんをくぐったのは、その出来事からすぐの事。 子供をそんな形で失うなんて・・・・
私と息子にたくさん思い出をくれたはずの若夫婦は、受け入れがたい様な悪夢で子供を亡くしていたのだ。

あれからご夫婦の為に、お嬢様の為に、ただ三笠屋の為に。 私の人生は三笠屋に捧げようと決めた。
幼いお嬢様が何も覚えていないなら、私も何も聞かなかった事にしよう、それがお嬢様の為ならば、と。

人は私が三笠屋をあそこまで大きくしたと言うが、そうではない。 確かにそれを目標に頑張ってきたが。
あの旦那様の作ったかんざしを、多くの人に見てもらいたかったからだ。 今や押しも押されぬ三笠屋。
三笠屋の店頭にかんざしが並ぶ事、それがかんざし職人の栄誉だ、とまで言われるほどになった。
旦那様はたくさんのお弟子さんを抱え、今では指導する立場。 奥様とお嬢様はお店を手伝っておいでだ。







けれど忘れてしまった記憶のどこかに、その残像は確かに残っていて、あんな事になってしまったんです。
本来は火の国のお役人にお話をしなければなりませんが、もし内々に解決できるなら。 そう思って・・・・
あの時、お嬢様のお部屋の後始末を頼んだ便利屋に聞いたのですが、木の葉隠れに話をしてみては、と。
蛇の道は蛇、事情があるならそれも考慮して対応して頂ける、そう聞いて思い切って訪ねてまいりました。

「どうか私がお仕えする三笠屋のお嬢さんの・・・・・ 悪夢の様な記憶を封じて下さい。」
「一般人の娘の記憶を封じるのは容易い事ですじゃ。 しかしそれだけでは・・・・ の。」
「はい。 出来る限りの償いはいたします、その子の親御さんも探し出して頂いて・・・・・」
「いや、そうではない。 夢の国は公平の競売をウリとしておる、商談は成立しておるのじゃ。」

お嬢様は諸国にふらりと出掛けるのが好きで、旦那様達も私も気にとめませんでした。 いつもの事だと。
お戻りになられた時、小さな少年と一緒でした。 その子を自分付きの下働きにしたいと申されて・・・・。
話を聞いてみたら、夢の国のオークションツアーに申し込んで、オークションに参加して落札してきた、と。
夢の国は商売人の夢の国。 あそこでは揃わぬ物はないと言われるほどだ、もちろん人も例外ではない。

捨てるよりはマシだと思うのか、ただお金が欲しいのか分からないが、人も公平な競売の元、売買される。
それを商売として認めるなどと、子を亡くした私は信じられない。 けれどあの国では全てが合法なのだ。
あるいは私の様に子を亡くしたからこそ、買いに行く親も少なからずいるのかもしれない、とも思う。

この大陸にはあらゆる国、あらゆる自国の法律がある。 火の国の花街も商談の上、人身売買をしている。
また、医療関係者はそういう国から移植用の臓器を調達する事もある。 あの国はそれを商売にしただけ。
人もあくまで商品であると徹底している。 誰もが公平に参加できて、その場で落札できる夢の国の競売は、
全てが国の元管理されている。 麻薬も武器も、絵画も宝石も、人も動物も、酒もお菓子も、取引される。

夢の国は小国だが中立国。 まあ、そういう国に住みたいかどうかと言われれば、否、と即答するが。

「夢の国で成立した商談、その子を買ったのは娘さんじゃ。 部外者はそれをどうする事も出来ん。」
「では、私一人の胸の内に。 確かに旦那様と奥様はご存じなく、私が全て処分したので・・・・・」
「いや、お前さんの気持ちも分かるがの、その娘さんは果たしてそれで良いのか、と聞いておる。」
「・・・・・大事な一人娘のお嬢様です、記憶を完全に封じて下されば、全てが丸く収まるかと。」

「・・・・・・のう、尾嶋さん。 本来は依頼人の希望に出来るだけ添う、とういうのが木の葉隠れじゃ。」
「はい、だからこうして恥を忍んで内々に収めたく・・・・ 無茶なお願いをしにまいりました。」
「20年近く前か。 その当時は第三次忍界大戦の最中、里の忍びはそちらにかかりきりじゃった。」
「そうですね・・・・・ 盗賊や山賊が・・・・大きな顔をして町中を闊歩していました・・・・」

「蒸し返すのは可哀想な気もするが、どうも腑に落ちん。 全てを知ってから動くことにする。」
「全て・・・・・ それはどういう・・・・??」

便利屋から聞き、内々に収めてもらうよう依頼をしに来た私の事情を考慮してか、別室へと案内された。
そこでは笠をかぶった老人がキセルをふかし、私を待っていた。 見れば火影の文字の入った笠・・・・・
忍び五大国にある隠れ里には、それぞれ影と呼ばれる指導者がいると聞く。 彼こそがその指導者だったのだ。

火影・・・・このご老人が、里を治める忍びの長。 火影様は私に言った。 記憶を封じても解決はしないと。
私が沈黙すれば丸く収まる様な、そんな単純なモノではない、原因の根はもっと深い所にあるだろう。
必ず尽力するからと前置きし、里から連絡があるまでは、いつも通りに過ごす事が現時点での解決策だ、と。
火の国の忍びの里の長の、その力強い言葉を信じてみようと思った。 どうかお嬢様の為にお力を・・・・・。