誰が道を歩くのか 11   @AB CDE FGH IKL MNO PQR S




カカシ先輩、ドキドキと心臓がうるさいのは恋だそうですよ? アスマさんが教えてくれました。
そう、ボクも本当は色々と話しかけたいのに、さっきからチラチラ顔を見るだけでドキドキするんです。
もちろんシキさんの様に彼の顎も喉も撫でてみたいし、“じゃますんな” って、叩かれてもみたいです。
でもとてもじゃないけど、事出来そうもありません。 任務以外でこんなに血流が良くなった事ありましたか?

「あ、すみません、シキさんは近所の野良猫を餌付けして、撫でるのが趣味なんですよ。 あははは!」
「そうそう。 ぐっすり寝てると思って、今だ! って撫でても、噛まれるんだよな・・・・」
「・・・・・・・あの、シキさん聞いていいかしら? それ野良猫の話ですよね?」
「いや、噛まれたのはイルカに。 こんなに懐いているのに、いざ撫でると怒るんだよな・・・・・」
「そりゃ怒るだろうよ。 てか。 ヤローの顎を撫でて楽しいのか? サッパリわからん。」

「「・・・・・・・。 (多分、楽しいと思う・・・・) 」」

たまに火影室ですれ違う彼は海野イルカ、中忍の潜入員か。 ボクがどんな姿でいても微笑んでくれたよね。
血の臭いをさせていても、ピリピリとした空気を纏っていても。 いつも変わらないで目を合わせてくれた。
面越しに偶然合わさった視線、彼はきっとボクが見ているとは思ってはいない。 何度目かのあの時・・・・
どんな顔をして、どんな目をして見てるのかな、そう思って。 彼に気付かれない程度に見つめたんだ。

口元には小さく頬笑みが浮かんでいて・・・・ 優しかった。 視線が優しいなんておかしな表現だよね?
でもね、彼の寄越す視線は・・・・ “お疲れ様 ゆっくり休んで下さいね” そういう労わりの視線。
他の忍びの様に尊敬と畏怖の視線でもなければ、色の付いた女の視線でもない。 ただ純粋な人への眼差し。

カカシ先輩もそう思いました? ・・・・ふふ、ボクもそれからフワフワとして落ち着かなくなって・・・・
彼の気配が近づく度にドキドキ、オロオロして・・・・ ワザとゆっくりすれ違ってみたりなんかして。
わー 今一方的だけど、立派に恋をしているんですよね、ボク達。 そうか、この感情が・・・・ 恋なのか。








イルカが探って来た三笠屋の過去。 それはあの時代の犠牲者・・・・ とも言っていい出来事だったんだ。
今では、粋なかんざしはここだと言われるほど大きくなった三笠屋も、二十年前はごく小さなお店だった。
二十年前といえば第三次忍界大戦の最中。 木の葉の忍びは国境の死守に手一杯で、治安は低下していた。
町中ではチンピラまがいが幅を利かせ、盗賊や山賊などが国内のあちこちに出没していた、そんな時代。

ちなみにカカシ先輩は二歳。 ボクやイルカにいたっては、まだ産まれてもいなかった頃の話だ。
そうそう、イルカはボクと同じ年だって。 これはボク達が聞いたんじゃなくて、紅さんが聞き出した。
イルカはいくつで下忍になったの? シキさんと組んで何年? って。 まあ、あとは話から逆算しただけ。

ボクは生体実験の被験者だから、実年齢かと聞かれたら分からな・・・・ あれ? 何の話だっけ??
あ、そうそう。 仕入れに行ってくるからと、数時間だけ空けた店の中には、お留守番中の幼い姉弟がいた。
こんな小さな店を襲っても何もない、ほんの数時間だから。 そう思って、夫婦は店を空けたらしい。
そんな小さな店だからこそ、襲うのは容易い。 仕入先から戻った夫婦が目にした光景は、血の海だった。

強盗が押し入ったんだ。 絶望して気が狂いそうになったところに、少女の泣き声が聞こえて来た・・・・
そう、そんな恐怖の中で生きていたんだよ、娘だけが。 いもしない神にさぞ感謝しただろうね、ご夫婦は。
でも現実はもっと残酷だった。 確かに強盗はその店を襲ったし、姉弟も殺されそうになったんだろう。

押し入った強盗も弟も、一人生き残った姉が殺した。 極限状態の恐怖の中で、自己防衛本能が働いた結果だ。
強盗を一人残らず殺して、更に自分の弟まで殺してしまった。 それで正気に戻れたのかもしれないね。
たった五つの子がどうして? それは、彼女が忍びに成り得る資質を備えていたから、に他ならない。
ご夫婦のどちらかの先祖に忍びがいたんだろう、シキさんが見た微かな色は彼女のチャクラ質、風遁と雷遁。

「子供にチャクラ質があると判ったら、木の葉隠れを訪れるはずだろう、火の国の民なら。」
「でも・・・・ 三笠屋ご夫婦は、たったひとり生き残った娘を手放したくなかったんです。」
「ちょっと待って? ウチの里で忍びになるか否かは、その子と家族の意思を尊重するはずでしょう?」
「そうか。 あの当時は忍界大戦中で・・・・ 娘は必ず取られると思ったんだ、忍びの里に。」

「ソレで娘の記憶が無いコトを幸いに、彼女の起こした惨劇を忘れさせようとした・・・ ってコト?」
「はい。 強盗が息子を殺害して逃走したと言い、彼女の為に息子の物を全て処分したらしいです。」
「弟の痕跡が一つでも残っていたら、記憶の扉を開ける事になる・・・ そう思ったんですね?」
「ええ。 彼女の為にと、事件を知る人達に固く口止めをお願いして。 番頭さんもその一人です。」

そうか。 今回の依頼の依頼人でもある、三笠屋の番頭の尾嶋さんは・・・・ その事実を知らなかったんだね。
ただ三笠屋ご夫婦の為に。 記憶の底にある悪夢が甦ってしまったお嬢さんの記憶操作を、里に依頼しただけ。
お嬢さんは可哀想な被害者で、買った子なら罪にはならない、どうかお嬢さんを助けてやって欲しい、と。
事実を知らないはずの依頼人からは、何も探れない。 だから三代目は真実を探る様に言ったんだね・・・・・

「息子を忘れた日は一日たりともないと、お二人は震える声で泣きながら話してくれました。 暗示なのに。」
「「「「・・・・・・・・・・。」」」」

一般人に暗示をかけて喋らせるのは、比較的簡単だ。 特にイルカの様な相手に警戒されない潜入員ならね。
その時の心理状況のまま、語られる心の声。 本人の楽しい時に質問すれば、悲しい思い出も楽しく話す。
だから、暗示にかかった状態で泣きながら話したという事は、そのご夫婦は心で今も泣いている、っていう事。

彼女だけじゃない、誰もがあの時代の被害者だ。 もう一人の自分の子を忘れなくちゃならなかった夫婦も。
戦争中でなかったら、火の国の町中に強盗がはびこる事もなかっただろう、子供のチャクラ質を隠す必要も。
血を分けた姉弟、娘が成長する姿に、何度息子を重ねて見ただろうか。 話す事も思い出す事も出来ない我が子。
ずっと心で血を流し続けていたんだろう。 本当の事を知っているのは自分達だけだからと、沈黙に耐えて。